軽度認知障害(MCI)の81人を対象にしたヨガ試験では、記憶だけでなく段取りを考える力にも改善が見られた。認知症の人の検査成績や介護者負担、脳画像の変化を研究ごとに紹介する。進行予防について分かっていることと課題、本人が体を動かす方法、家族の支援と安全な参加条件も確かめる。
買い物の品名は覚えているのに、何から済ませるかで立ち止まる。家族が気にするのは「覚えているか」でも、本人が困るのは「順番を組めるか」かもしれない。ヨガの研究には、その段取りを考える力に目を向けた試験がある。軽度認知障害の人を対象にした比較試験で、ヨガを行った群に実行機能の改善が見られたのだ。[7]
認知機能のための運動を、正解を求められる時間ばかりにしたくない。呼吸や体の動きも含むヨガは、その選択肢になりうる。MCI(軽度認知障害)の人や認知症の人を対象にした系統的レビューでは、認知機能に加えて気分やバランスの改善が報告されている。[1] 本稿ではMCIの試験と脳画像研究を詳しく扱い、認知症の本人と介護者の変化にも目を向ける。健康な人の記憶や注意については、本特集の〈認知機能と記憶〉の記事で扱う。

記憶の点数だけが、ヨガの目標ではない
MCIを扱う研究で大切なのは、認知機能をひとまとめにしないことである。言葉を覚える力、見た形や位置を扱う力、作業の段取りをつける力は、研究では別の項目として評価されている。MCIの人を対象にしたヨガの比較試験も、記憶と実行機能を分けて測った。[7] 実行機能とは、目的に合わせて手順を組み、考え方を切り替えるような働きを指す。本稿で「段取りの力」と呼ぶのは、この働きを日常の言葉に置き換えたものだ。
研究を読むと、記憶練習に勝ったかどうかだけでヨガの価値を決めるのは惜しい。記憶の成績はどちらの群でも改善し、実行機能の改善はヨガ群に見られた試験がある。[7] 覚える練習と体を使う練習が、異なる入口から認知機能を支える可能性がある。家族にとっても、思い出せた言葉の数だけでなく、参加中に何を楽しめたか、どんな活動を本人が続けたいかを話すきっかけになる。
一方、視空間の力も研究の焦点である。これは形や位置関係を捉えて扱う働きで、ヨガの小規模試験では改善を示す予備的な結果が出ている。[11] たとえば、物の置き場所や向きを考える場面が、この言葉を理解する手がかりになる。ここでの日常例は、検査で扱う働きをイメージするためのものだ。
「忘れたか」だけを聞くと、段取りの力を見落とす。
認知症の人の研究では、本人の認知機能と抑うつ症状に加え、介護者の負担も評価された。[12] 本人の検査成績と、支える人が感じる負担を同時に見る点が特徴である。認知機能の不調を自分で感じる女性の試験では、客観的な記憶検査と本人による主観的な評価が主要な評価項目だった。[15] 本人、家族、検査のそれぞれから活動の変化を捉える研究が進んでいる。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
MCIの比較試験では、段取りの力に変化があった
中心になるのは、MCIのある55歳以上の81人を対象にした無作為化比較試験である。参加者を偶然の割り付けでクンダリーニヨガ群か記憶向上訓練群に分け、12週間の介入を行った。評価は開始時、12週時点、24週時点に実施され、記憶、実行機能、気分が調べられた。[7] クンダリーニヨガはこの試験で用いられたヨガの種類で、日常の教室の内容と同じだと決めずに読もう。
12週と24週では、ヨガ群も記憶向上訓練群も記憶が有意に改善した。統計上の変化が確認されたということである。一方、実行機能で有意な改善が見られたのはヨガ群だった。著者は、記憶向上訓練との比較で、ヨガ群に短期と長期の実行機能の改善があったと結論づけている。[7] 記憶への利点に加え、考えを組み立てる働きにも目を向けられる結果だ。
この比較相手は、ただ待つ人の群ではなかった。記憶を良くするための訓練を受ける群と比べている点が、この試験の読みどころである。[7] ヨガに参加した人が活動を始めたから良く見えた、という説明だけでは捉えきれない結果がある。本人が記憶練習を好まないときにも、別の活動を検討する材料になる。ただし、どちらを選ぶかは研究の勝敗で決めるのではなく、現在受けている支援や本人の好みと合わせて考えたい。
気分の面では、12週時点の抑うつ症状とレジリエンスに有意な改善があったのもヨガ群だった。[7] レジリエンスは、困難から立て直す心の働きを表す。認知機能だけを目的にしていても、気持ちの変化が活動の意味を広げる可能性がある。記憶、実行機能、気分を同じ時点で測ったことで、記憶以外にも変化が広がる様子が示された。[7]
開始時には81人の臨床的な特徴や年齢などの背景に、両群の有意な差はなかった。気分の評価には抑うつやレジリエンスのほか、無気力も含まれていた。報告された利点は、12週時点の抑うつ症状とレジリエンス、12週と24週時点の記憶と実行機能にそれぞれ分かれている。[7] 介入後の評価まで続いた実行機能の変化は、MCIの人が体を使う活動を検討するうえで注目できる点だ。

視空間の力とストレスにも、別の試験がある
記憶に障害を持つMCIの37人を対象にした無作為化の実行可能性試験では、12週間、週2回のヨガと、健康的な生活について学ぶ教室を比較した。これは効果の決着だけでなく、安全に参加できるか、通えるか、本人が受け入れられるかを調べた試験である。[11] ヨガを特別な人だけの活動にしないためには、この「実際に参加できるか」という問いが欠かせない。
結果では、視空間の技能にヨガを支持する中程度の効果量があり、本人が感じるストレスの減少には大きな効果量があった。対して、抑うつ症状の減少は健康教育群のほうが大きかった。[11] ヨガと健康教育には、異なる気分の項目で利点があった。認知機能とストレスにはヨガの利点が見え、気分の別の評価では学ぶ教室にも良さがあったという、具体的な選択材料になる。
この試験では開始時と介入直後に、認知機能の検査と気分の評価を行い、有害事象、教室への出席、本人の満足度を追った。認知機能の変化と、練習が生活に収まるかの両面を調べたのである。[11] 視空間の技能に見られた中程度の効果量は、比較した群の違いの大きさを表す。研究者はストレスの減少を、ヨガの働きを説明する仕組みの候補に挙げている。[11]
参加者の満足度は両群とも高く、教室への出席は相応に得られた。ところが家庭での練習は少なかった。[11] 「教室には行けるのに、家ではやらない」は、この研究でも見えた課題である。本人の意欲を責める前に、活動の場と自宅では条件が違うと考えられる。開始の合図、説明する人、練習に使う場所がそろう教室を選ぶことには、続け方を考えるうえで意味がある。
まとめて読むと、得意な領域が見えてくる
ヨガ以外の活動も含む心身運動のメタ分析では、MCIの参加者は健常な参加者より、視空間構成と実行課題で改善が大きかった。[10] 全体の数値や運動の種類による違いは、詳しくは本特集の〈シニアヨガと記憶・注意力の科学 覚える力だけでなく頭の切り替えにも〉で扱う。
クンダリーニヨガに絞った系統的レビューでは、MCIまたは主観的な認知機能低下のある55歳以上を扱う5つの無作為化比較試験、215人をまとめた。記憶、実行機能、気分、脳の働きに有望な結果が報告されている。[8] 主観的な低下とは、自分で認知機能の不調を感じることを示す言葉だ。MCIと同じ対象だと一括せず、研究にどんな参加者が含まれるかを読むのが出発点になる。
MCIと認知症をまとめたレビューでは、採用された10研究のうち、クンダリーニヨガと椅子ヨガがそれぞれ4研究、ハタヨガが2研究だった。最も多かった期間は12週間で5研究、対照群を置いた研究も5研究あった。[1] 椅子を使う活動も含まれており、認知機能の研究が扱っているヨガは、立って行う難しい姿勢だけに限られていない。どの種類を使い、どんな支援を受けたかは、本人に合う参加方法を考える手がかりになる。
クンダリーニヨガのレビューに含まれた試験の参加者数は11〜81人、期間は12〜24週間だった。比較相手には記憶向上訓練や心理教育が使われた。[8] 心理教育は心身の状態や対処について学ぶ活動である。ヨガに限らず学習や記憶練習にも取り組む人と比較することで、体を動かす活動の特徴を調べている。レビューは、参加者の安全のために適切な指導と段階的な進め方を求めている。[8] 家族の役割は練習を採点することより、本人が説明を理解し、無理なく参加できる条件を担当者と確かめることにある。
数字で読むMCIとヨガ
- 81人:MCIの比較試験。記憶は両群で改善し、実行機能の有意な改善はヨガ群に見られた。[7]
- 12週間・週2回:37人のMCIの試験で用いられたヨガの頻度と期間。[11]
- 5試験・215人:クンダリーニヨガの系統的レビューに含まれた規模。[8]
- 10研究・421人:MCIと認知症を対象にしたヨガの系統的レビューの規模。[1]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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