好きな人の香りを、記憶だけで恋人だと決める前に試料の条件を見る。父親56人は子の体臭を偶然より高く識別し、母親28組は脇・胸・頭でも自分と乳児を見分けた。識別は試料を嗅いだときの話で、快さや血縁の結果は恋愛の正解率へ置き換えない。恋人と親子は別である。
夜の洗濯物を畳んでいると、よく似たシャツが重なる。相手が着ていたシャツに顔を近づけると、名前を見る前に分かる気がする。検索の問いは、好きな人の香りを記憶だけで見分けられるか、である。
芯は、恋人の不在を記憶だけで当てた正解率ではない。親子を対象にした研究では、身近な相手の体臭を偶然を上回って識別している。ここで読むのは、父親56人が自分の子の試料を評価した試験と、母親28組が自分と乳児の試料を部位ごとに嗅いだ試験である。どちらも鼻の前に匂いがある。匂いの無い部屋で、記憶だけを頼りに人を名指しした実験としては読めない。[7][10]
香りで昔の場面がよみがえる仕組みは、公開済みの「香りで記憶がよみがえるのはなぜ?プルースト現象を18本の研究で試すと鮮明さは有利に入らない」に譲る。同じ匂いに添えた名前で覚えが変わるかは、隣の題「マドレーヌの香りの記憶は名前でも変わる?同じ匂いへの説明と覚え違いを読む」に譲る。こちらは、知っている人の体臭を試料から見分けたのか、その相手が誰で、好みや強さとどう分かれるのかを読む。

シャツを嗅いで分かるとき、今の刺激と経験を照合している
洗濯物の確信と、実験の識別は、似た言葉で別の作業である。シャツを嗅いでこの人だと思うとき、人は今の匂いと、これまでの経験を突き合わせている。経験が記憶であることは確かでも、その場には匂う布がある。父親の試験も母親の試験も、体臭の試料を出して評価させている。[7][10]
父親56人は、自分の子と、知らない子の体臭試料を評価した。遺伝的な近さはヒト白血球抗原(HLA)の型で見ている。発達の段階は、思春期の標準的な評価と、エストラジオールおよびテストステロンの濃度で分けている。HLAとは、免疫に関わる型の違いを見る指標で、この論文では血縁の近さの手がかりとして使われた。識別が偶然を上回った、というのは、この試料を嗅いだ条件での話である。対象は父親であり、18〜39歳の女性が恋人を見分ける場面にそのまま当てはめられるかは、別に検証する必要がある。[7]
母親の手続きも、記憶の再生だけでは終わらない。28組の母子から脇、胸、頭の匂いを採り、母親は自分と自分の乳児に加え、知らない母子2組の試料も評価した。比較する匂いが並んだときの認識である。休日の情景だけを頭の中で再生し、布の無い場所で相手を当てる手続きではない。[10]
実験の読みどころは、鼻の良さの順位を付けることより、評価の質問を分けている点にある。母親の試験なら「誰の匂いか」に加えて「どのくらい快いか」「どのくらい強いか」を尋ねている。同じ試料を前にしても、答えている内容が違う。好きな人のシャツに対する「分かる」「好き」「強い」を、日常の会話でも別々に言葉にすると、研究との接点を作りやすい。[10]
たとえば、服を持ったまま「これはあの人の匂いだ」と感じる場面を考える。ここで比較したいのが本人の識別なら、快さの感想だけでは答え合わせにならない。一方、「この匂いが好きだ」という感想を聞きたいなら、持ち主を正しく当てたかとは別の話として受け取れる。これは家庭用の検査の提案ではなく、母親の試験が分けて測った項目を、会話の整理に使う読み方である。[10]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
父親56人は自分の子を偶然より高く当て、好みは年齢で下がった
この論文は、母親が子の体臭を見分け、知らない子より好むと述べたうえで、同じ仕組みが父親にも当てはまるかを調べている。母親についての効果は、遺伝的な類似と発達段階が介し、思春期前の世話を促し、思春期以降には近親を避ける方向に合う、と論文は位置づけている。これは56人の父親を測った結果そのものではなく、父親の試験に入る前の整理である。[7]
父親自身の結果は、母親と重なる部分と、ずれる部分がある。自分の子の体臭は偶然を上回って識別され、その匂いが好まれた。ここまでは母親と似る、と論文は書いている。一方、父親の好みはHLAの類似とは関連しなかった。好みは子の年齢が上がるほど下がり、その下がり方は娘の、より高い思春期段階と関連した。論文は、この娘に限った結果が、異性の親子における匂いを介した近親回避の仮説を支える、と結んでいる。[7]
仮説を支えることと、すべての家庭で確定したことは違う。対象は父親56人で、子の遺伝的な特徴と発達段階は一様ではない。エストラジオールとテストステロンは発達を見るために測られている。結果として読むのは、偶然を上回る識別と好み、年齢に伴う好みの低下、娘に限った思春期段階との関連である。ホルモン濃度の高低を、家庭のしつけや愛情の量へ読み替えない。[7]
母親28組は、脇だけでなく胸と頭でも自分と乳児を見分けた
部位を比べたのは、28組の母子である。採ったのは脇、胸、頭で、母親は自分の試料、自分の乳児の試料、知らない母子2組の試料を評価した。見たいのは、快さ、強さ、識別の能力が部位で変わるか、である。識別の能力は部位のあいだで差がなく、先行する研究と同様に、母親は自分の匂いと自分の乳児の匂いを偶然を上回って認識できた。[10]
快さと強さは、識別と同じ動きをしなかった。乳児では、頭の匂いは脇と胸より快さがわずかに低く、強さは部位で差がなかった。母親では、部位は強さに影響し、快さには影響しなかった。胸の匂いは、頭と脇より弱く評価された。誰かを当てられることと、快いこと、強いことは、この試験の中でも同じ指標ではない。[10]
もう一つのずれは、なじみと強さの向きである。すべての部位を通して、母親は自分の匂いと自分の乳児の匂いを、知らない試料より弱く評価した。知っている相手の方が強く匂う、という期待とは逆である。弱く感じた試料を、それでも自分や自分の子として識別できている。識別の成功を、刺激の強さへ還元しない方が、この結果の読みに合う。[10]
著者らは、大人でも乳児でも、脇、胸、頭が情報になる匂いの源になるとまとめている。シャツの脇の下だけが、その人の匂いなのではない、とこの28組の範囲では言える。同時に、胸が弱く評価された母親の結果のように、情報になることと、強く感じることは分かれる。[10]
親子の研究を恋人の話につなぐとき、関係の種類にも目を向けたい。父親の試験には、世話をする関係と、子の発達に伴う変化という背景がある。母親の試験では、自分と乳児の匂いが対象になる。同じ「親しい人」でも、何を共有する相手かが異なる。この違いを押さえれば、子の年齢と好みの関連を、交際期間が長くなると香りへの好みが下がるという筋書きへ移さずに読める。[7][10]
また、母親の試験は、なじみのある人の試料を弱く評価した点が面白い。香りの話では、印象に残ることを強い刺激と結び付けて語りがちだが、この実験では弱いという評価と識別の成功が同居する。もし日常の感想を書き留めるなら、「今日は匂いが弱く感じた」と「誰の匂いか分からなかった」は書き分けられる。これは記録によって記憶力が上がるという提案ではなく、研究で別々に扱われた経験を混同しないための工夫だ。[10]
数字で読む体臭の識別
56人:父親が自分の子と知らない子の体臭を評価した人数。識別は偶然を上回り、好みは年齢とともに下がり、娘では思春期段階と関連した。[7]
28組:脇、胸、頭から匂いを採った母子の組数。識別は部位で差がなく、自分と乳児の匂いは偶然を上回って分かった。[10]
90人:男性が、体臭で示された男性2人へ貨幣単位を分けた人数。送った額はHLAの類似ではなく、匂いの快さと関連した。[11]
2組:母親の試験で比較に使われた、知らない母子の組数。自分と乳児の試料だけを評価した実験ではない。[10]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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