産後の抜け毛はなぜ起きるのか。331人の回答で抜け毛は平均で産後2.9か月に始まり5.1か月にピーク、8.1か月で終わった。妊娠中と産後の毛の周期を比べた研究、量の差を示すデータはないとした総説、隠れていた別の脱毛、抜け毛と不安の結びつきまで読む。
出産から3か月ほどたったある夜、シャンプーのあと排水口のネットに、見たことのない量の毛がたまっている。2つの施設で出産した女性331人の回答では、91.8%が産後の抜け毛があったと答え、その始まりは平均で産後2.9か月、ピークは5.1か月、終わりは8.1か月だった[4]。
なぜ起きるのか。よく語られる説明はこうだ。妊娠中はホルモンの変化で、伸びる時期にとどまる毛が増え、その時期も長くなる。出産でホルモンが急に下がると、それらの毛が3〜6か月のうちに休む時期へ戻り、まとまって抜ける[6]。休む時期の毛が多く抜ける状態を休止期脱毛と呼び、産後のホルモンの変化、とくにエストロゲンの低下は、その代表的な引き金に挙げられている[8]。
ただし、反対の見方もある。2016年の総説は、発表されたデータを見直しても、妊娠中と産後で抜ける毛の量が違うことを統計的に支えるデータは見つからなかったとし、「産後の休止期脱毛は存在しないとさえ言える」と書いた[5]。多くの人が経験すると答える抜け毛と、測ってみると差がはっきりしない抜け毛。この記事は、その両方を並べて読む。

331人の回答で、抜け毛は産後2.9か月に始まり8.1か月で終わった
2023年の研究は、2つの施設で出産し、産後10〜18か月の時点で質問票に答えた女性を調べた[4]。妊娠、出産、育児、産後の抜け毛の程度を尋ね、分析できた回答は331人分で、対象の21.0%にあたる[4]。
そのうち304人、91.8%に産後の抜け毛があった[4]。抜け毛の始まり、ピーク、終わりの平均は、それぞれ産後2.9か月、5.1か月、8.1か月である[4]。抜け毛のあった人は、出産の時期が早く、赤ちゃんの出生体重が軽く、早産の陣痛があった割合が高く、授乳の期間が長かった[4]。
ほかの要因をそろえた解析で、抜け毛と独立に結びついていたのは、授乳の期間の長さと早産の陣痛だった[4]。産後6か月までに授乳を終えた人と比べると、6〜12か月で終えた人は5.96倍、12か月以上続けた人は6.37倍、抜け毛があったと答えるオッズが高かった[4]。ただし信頼区間は1.68〜21.09、1.95〜20.76と広い[4]。
著者ら自身が、この調査の弱さを2つ挙げている。すべてが質問票の答えなので、妊娠中の合併症や出産の細かな情報は正確でないかもしれないこと[4]。抜け毛に悩んだ人ほど調査に答えやすい、という偏りがありうることである[4]。分析できたのは対象の21.0%だから、91.8%という数字は、その偏りで高めに出ているかもしれない数字として読みたい。著者らは、9割を超える女性が産後の抜け毛を経験し、長い授乳と早産の陣痛が抜け毛と相関すると結論している[4]。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
毛は伸びて、休んで、次の毛に押し出される
ここで毛の側の仕組みを確かめておく。毛は皮膚の小さなくぼみ(毛包)が作るもので、その働きは続けてではなく、とぎれとぎれに進む[10]。伸びる時期(成長期)のあとに移り変わる時期(退行期)があり、そのあとの休む時期(休止期)には、伸びきった根元の丸い毛(棍毛)がしばらくとどまってから抜ける[10]。
教科書的な解説によれば、健康な頭皮では毛の約85%が成長期、約15%が休止期にあり、少数が移り変わる時期にある[8]。1つの毛包はおよそ4年近く毛を伸ばし、そのあと約4か月休む[8]。休んでいる毛の下で新しい成長期の毛が伸び、古い毛を押し出す[8]。体に大きなストレスがかかり続けると、成長期の毛の約70%が休止期へ移り、抜け毛になるという[8]。
1987年の総説は、熱の出たあとの脱毛と産後の脱毛を、棍毛が抜ける休止期脱毛として分類している[10]。一方、薬による脱毛や円形の脱毛では、伸びている途中の毛が切れて抜ける[10]。同じ「抜け毛」でも、抜けるのが休み終えた毛か、伸びている途中の毛かで、中身が違う。
排水口の毛が増えるのは、すでに伸びるのをやめていた毛が、新しい毛に場所を譲って出ていく過程である、というのが休止期脱毛の見方になる。

妊娠中は伸びる毛が多く、産後4か月で休む毛が増えた
この見方を、毛を数えて確かめた研究がある。2014年の研究は、妊娠24週の女性28人、妊娠の終わりの30人、産後4か月の29人、産後1年の29人、計116人の頭皮で、成長期と休止期の毛の割合を、頭皮の画像から毛を数える方法で測った[6]。同じ人を追ったのではなく、時期ごとに別の女性を比べた研究である。
群の間で、成長期と休止期の割合には統計的に意味のある差があった[6]。産後4か月の成長期の割合は、妊娠6か月と9か月より低く、休止期の割合は高かった[6]。妊娠中に伸びる毛が増え、産後に休む毛が増えるという説明に、向きは合っている。
けれども著者らの結論には、もう1つの句がある。成長期の割合は妊娠中に増え、休止期の割合は産後に上がるが、ほとんどの女性では、その変化が大げさになることはなかった[6]。向きはあっても、多くの人で幅は控えめだった、ということになる。
「産後の休止期脱毛は存在しない」と書いた総説
2016年の総説は、題名からして挑発的である。産後の休止期脱毛はよく語られるのに、本当の頻度と仕組みを扱った研究は少ないとして、発表された客観的なデータを見直した[5]。
結論は短い。見直したどの論文にも、妊娠中と産後の女性の間で抜ける毛の量が違うと支える統計的に意味のあるデータは見つからなかった[5]。著者らは、産後の休止期脱毛はきちんと定義された病態ではなく、正確な頻度も分からないとし、その頻度はあまりに低く定まらないので、存在しないとさえ言えると書いている[5]。
並べると、話は割れている。質問票では9割を超える女性が抜け毛を経験したと答え[4]、毛を数えると産後4か月で休む毛の割合は上がっていた[6]。その一方で、抜ける毛の量そのものの差を示すデータは見つからなかったという総説がある[5]。いまの時点で言えるのは、産後に休む毛の割合が上がる向きの変化はあるが、それがどれだけの人で、どれだけの量の抜け毛になるのかは、まだはっきり定まっていない、ということだ。

授乳の長さと抜け毛は、2つの研究で向きが違う
授乳との関係は、とくに読み方に注意がいる。331人の質問票の研究では、授乳を長く続けた人ほど、抜け毛があったと答えるオッズが高かった[4]。
ところが毛を数えた研究では、産後4か月の時点で、授乳している群のほうが成長期の割合が高く、休止期の割合が低かった[6]。産後1年の時点では、授乳している群としていない群の差ははっきりしなかった[6]。
片方は抜け毛があったかどうかの記憶の答え、片方は1つの時点の毛の割合で、測っているものが違う。どちらも観察の研究で、授乳が抜け毛を増やすとも減らすとも決められない。授乳の続け方を抜け毛の心配で決める根拠にはならない。
産後の抜け毛が、隠れていた別の脱毛を見せることがある
産後の抜け毛には、もう1つの顔がある。2022年の症例の報告によれば、休止期脱毛は、きっかけから2〜3か月たって頭全体に広がる抜け毛で、その抜け毛の多さが、もともとあった別の脱毛を「あらわにする」ことがある[2]。報告された3人では、産後の休止期脱毛をきっかけに、隠れていた牽引性脱毛症(髪を引っ張る力が続いて起きる脱毛)が見つかった[2]。
2024年の研究は、産後の抜け毛のある女性の患者200人を診察と拡大鏡で調べた[1]。休止期脱毛だけだったのは9.5%で、56.0%は女性型の薄毛(アンドロゲン性脱毛症)を、6.5%は牽引性脱毛症を、28.0%はその両方をあわせ持っていた[1]。休止期脱毛だけの人では、頭の中央の部分で、まっすぐ立って生え直している毛が全員に見られた[1]。著者らは、産後の休止期脱毛はほかの脱毛と結びついていることがあり、それに気づくことが正しい診断と治療に欠かせないと結論している[1]。
別の2016年の総説は、毎日の抜け毛の多さは、産後のように体の自然な反応であることもあれば、甲状腺の乱れ、薬の影響、鉄の不足などによる病気のこともあるとまとめる[9]。女性型の薄毛は、頭のてっぺんの毛が全体に薄くなる形で表れることが多い[9]。著者らの結論は、抜け毛は症状であって診断ではない、である[9]。
数字で読む産後の抜け毛
- 91.8%: 331人の回答で、産後の抜け毛があったと答えた割合。分析できたのは対象の21.0%[4]。
- 2.9か月・5.1か月・8.1か月: 同じ調査の、抜け毛の始まり、ピーク、終わりの平均[4]。
- 約85%と約15%: 健康な頭皮で、成長期と休止期にある毛の割合[8]。
- 産後4か月: 成長期の割合が妊娠6か月と9か月より低く、休止期の割合が高かった時期[6]。
- 9.5%: 産後の抜け毛のある患者200人のうち、休止期脱毛だけだった割合[1]。
- 4.58倍: 抜け毛がとても多かった人が、抜け毛のなかった人と比べて不安の基準に当てはまるオッズ[3]。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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