乗り物酔いであくびが出るのはなぜか。揺れで起きる眠気の症状のまとまりはソピテ症候群と呼ばれ、あくびはその典型の1つで、このまとまりは吐き気より先に出ることも、吐き気が去ったあとに残ることもある。揺れる台の39人、荒れた海の乗組員52人、揺れを感じない遅い動きの実験を読む。
奥多摩へ向かう車の後部座席で、スマホの地図を見ていた。眠くもないのに、あくびが3回続いた。気持ち悪さに気づいたのは、その10分ほどあとだ。あのあくびは、酔いの合図だったのだろうか。
答えの芯を先に書く。揺れで起きる眠気の症状のまとまりには名前がある。1976年の論文がそれを「ソピテ症候群」と名づけ、典型的な症状の1番目にあくびを挙げた[4]。続くのは眠気、体や頭を使う仕事への気の進まなさ、集団の活動に加わらなくなること、の3つである[4]。同じ論文は、揺れの強さがその人の酔いやすさにちょうど釣り合うと、この眠気がほかの酔いの症状より先に、あるいはほかの症状なしに現れると書いた[4]。
38年後の実験も、あくびと酔いの重なりを捉えた。揺れる台の上で課題をこなした39人では、あくびはほとんど揺れの条件で出て、揺れの中であくびをした5人は全員に酔いの症状があった[1]。ただ、なぜ「あくび」という形で出るのかまでは、ここで読む揺れの研究は答えていない。分かってきたのは、揺れの眠気が吐き気とは別の道で起きているらしいこと、そして体が動きを感じないほど遅い揺れでも起きうることである[4][11]。

1976年に名前がついた、揺れの眠気
1976年の論文の出発点は単純だった。眠気は乗り物酔いの主な症状の1つである。そこで眠気を中心にした症状のまとまりを取り出し、呼びやすいように名前を付けた[4]。ふだん、この眠気はほかの酔いの症状と絡み合って現れる[4]。
ところが2つの場面では、ソピテ症候群が酔いの主な、あるいは唯一の表れになる[4]。1つは、揺れの刺激の強さがその人の酔いやすさにちょうど合っている場面で、眠気はほかの症状が出る前か、ほかの症状なしに起きる[4]。もう1つは、揺れの中に長くいる場面だ。体が慣れて酔いの症状が消えていっても、眠気の反応だけが残る[4]。
著者らはさらに、この眠気の時間の経過がほかの症状と違うことがあると書いた[4]。そこから、眠気を引き出す仕組みは吐き気などを引き出す仕組みとは別物で、しかも揺れに対する一次の反応だと考えた[4]。この症候群を頭に置いていないと診断は難しく、予防は手当てより難しい、とも書いている[4]。
2014年には、定義を改める提案が出た[2]。眠気の症状は酔いに特有のものではないこと、その人のもともとの体調、揺れの刺激があること、の3点を定義に織り込み、研究の枠組みを整えようという案である[2]。寝不足の人が電車で眠くなるのと、揺れそのものが眠気を生むのとを、言葉の上で分けておきたい。改定のねらいはそこにあると私は読む。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
吐き気が先か、眠気が先か
1998年の総説は、ソピテ症候群の主な特徴を眠気と気分の変化だとまとめた[3]。そのうえで3つの性質を挙げる。吐き気のような目立つ症状から離れて単独で起きうること、吐き気が治まったあとも長く続きうること、人によっては心身を弱らせるほどになること、である[3]。著者らは、これがふつうの乗り物酔いとも、ありふれた疲れとも別の症候群である可能性が高いと書く[3]。総説の題名にある通り、扱うのは本物の動きの間だけでなく、見かけの動きの間に起きる眠気と気分の変化も含む[3]。
2018年の症例報告も、同じ見方を引き継ぐ[6]。ソピテ症候群は乗り物酔いの典型の症状と一緒に起きることが多いため、見過ごされやすく、どれくらいの頻度で起きるのかを記録した数字は乏しいという[6]。
つまり、あくびを含む揺れの眠気が酔いの「前」に来るかどうかは、決まった順番の話ではない。刺激の強さと酔いやすさが釣り合えば先に来ることがあり[4]、吐き気と絡んで一緒に来ることも多く[6]、吐き気が去ったあとまで残ることもある[3]。冒頭の後部座席の場面は、このうち1つ目の形にあたるのかもしれない。

揺れる台の39人、あくびをした5人
あくびを酔いの目印として使えるかを確かめたのが、2014年の実験である[1]。著者らの問題意識はこうだ。重い乗り物酔いは嘔吐のような分かりやすい行動で見分けられるが、軽い酔いとソピテ症候群には、はっきりした客観的なしるしがない[1]。あくびがその役を果たせるのではないか、と著者らは考えた[1]。
参加者は健康な39人で、男性34人と女性5人、年齢は27〜59歳だった[1]。動く台に座り、頭に着ける画面で複数の課題を同時にこなした[1]。揺れのある条件と静止の条件の順番を、無作為に入れ替えて割り付け、1人が1時間の回を2回受けた[1]。1回は10分の区切り6つでできている[1]。症状は、乗り物酔いをいくつもの面から測る質問票(MSAQ)で調べた[1]。
結果、あくびはほとんど揺れの条件で起きた[1]。揺れの中であくびをした5人は、全員に症状があった[1]。あくびをしなかった人と比べると、症状の点数は総合で14.0対17.2、ソピテの点数で15.0対22.4と、あくびをした人のほうが高い[1]。複数の課題を同時にこなす成績の総合点も、1348対1145で、あくびをした人のほうが低かった[1]。著者らは、あくびが眠気の始まりと、それに伴う頭の働きの低下を見分ける行動のしるしになりうると結論している[1]。
この数字には、読み方の注意が要る。あくびをしたのは5人で、比べた点数が示すのは、あくびと症状の重さが同じ人に重なっていたことである[1]。あくびが何分先に来たかを測ったものではない。参加者の大半が男性だった点も、この記事の多くの読者とは違う[1]。
縞の筒に座った48人、眠気は退屈のせいではないのか
揺れで眠くなるといっても、実験の椅子に座っているだけで退屈し、眠くなることもあるはずだ。この疑問を正面から調べた研究がある[8]。2004年の無作為化比較試験は、心理学の入門の講義をとる学生48人を2つの群に分けた[8]。一方は、白黒の縞を内側に貼った筒の中に座り、筒は毎分5回転で回った[8]。もう一方は、同じ筒の中に、縞も回転もない状態で座った[8]。前後で、気分の尺度(PANAS)、乗り物酔いの質問票(MSAQ)、眠気の尺度に答えてもらった[8]。
縞が回った群でだけ、酔いの質問票の4つの下位尺度、つまり胃腸、末梢、中枢、ソピテのすべてが上がった[8]。一方で、良い気分と嫌な気分の下がり方は、2つの群で同じだった[8]。著者らは、ソピテに関わる症状の一部は動きの刺激そのものによるもので、別の一部は実験の場面の、動き以外の面によるものだと結論した[8]。
筒の中に座って待つだけでも、良い気分も嫌な気分も下がる。動きが足したのは、その上にのる酔いとソピテの症状だった。この実験は、眠気と気分の変化を「全部揺れのせい」とも「全部退屈のせい」とも言わせなかったことになる。
ここで使われた質問票MSAQは、2001年に作られた[10]。酔いを表す言葉を因子分析で整理し、胃腸、中枢、末梢、ソピテに関わるもの、の4つの次元を取り出した[10]。回る縞の筒に入った人で試すと、総合点は既にある2つの尺度と強く相関した(相関係数0.81と0.92)[10]。著者らは、酔いを1本の軸ではなく、いくつもの次元を持つものとして測れると結論している[10]。酔いを吐き気だけで数えない物差しが、あくびの研究の土台になった。
数字で読む揺れの眠気
- 1976年: 揺れで起きる眠気の症状のまとまりに、ソピテ症候群の名が付いた年。典型の症状の1番目はあくび[4]。
- 5人: 揺れる台の実験39人のうち、揺れの中であくびをした人。全員に酔いの症状があった[1]。
- 22.4: あくびをした人のソピテの点数。あくびをしなかった人は15.0[1]。
- 毎分5回転: 48人の実験で、学生の周りを回った縞の筒の速さ。回った群でだけソピテの点数が上がった[8]。
- 4つ: 酔いの質問票が分ける次元。胃腸、中枢、末梢、ソピテ[10]。
- 9.04時間: 荒れた海の日の乗組員の1日の睡眠。穏やかな日は6.97時間[9]。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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