運動のエネルギー源を考えるとき、筋肉から出た乳酸を肝臓で糖に戻す働きも見落とせない。ただし、乳酸が減った分をそのまま消費カロリーに足すことはできない。男性を対象とした運動実験とレビューから、肝臓周辺の酸素消費、糖の放出、乳酸の再利用を分けて読み、日々の運動記録の見方を考える。
自転車を降りて、画面に出た消費カロリーを見る。脚が動いた分は想像しやすい。その間、肝臓が何をしていたかは画面から読み取りにくい。運動中に筋肉から出る乳酸は、肝臓で糖を作る材料にもなる。脚と肝臓は、離れた場所で燃料をやり取りしている。[3]
運動のエネルギーを考えるなら、糖を使う側だけでなく、糖を供給する側にも目を向けたい。男性の運動実験では、肝臓を含む内臓領域への血流が減る一方、その領域の酸素摂取と糖放出は増えていた。18〜39歳の女性の運動中にも同じ変化が起きるかは、この男性の結果だけでは判断できない。[15]
乳酸の行き先の一覧は既存記事「有酸素運動・無酸素運動後の乳酸の行き先は?直接酸化と肝臓の糖合成を追う」に譲る。「脂肪燃焼で糖も作られるのはなぜ?グリセロールと糖新生のつながりを読む」とも材料を分け、ここでは乳酸の再利用を、肝臓の酸素消費や糖放出とどう結び付けて読むかに絞る。

乳酸を糖に戻すコリ回路は、燃料を受け渡す経路である
乳酸を単なる運動後のごみとすると、肝臓の役割が見えなくなる。骨格筋を扱ったレビューは、運動で筋肉が作った乳酸が肝臓へ運ばれ、糖新生の前駆体として使われる経路を説明している。糖新生とは、乳酸などを材料として糖を作る働きである。この筋肉と肝臓を結ぶ再利用の経路が、コリ回路だ。[3]
ここで大事なのは、乳酸という名前が消えても、材料は糖などの形で体内に残る点である。肝臓で糖へ変われば、別の形で燃料の流れに加わる。乳酸の減少を「捨て終わった量」とだけ表現すると、作り直しという仕事を取り落とす。乳酸の健康と病気における役割を整理したレビューも、生理的な条件では乳酸をエネルギー基質として位置付けている。[2][3]
ただし、コリ回路は乳酸の行き先のすべてではない。乳酸は糖へ戻してから使うほか、酸化されてエネルギー産生に使われる。酸化とは、ここでは燃料を代謝してエネルギーを得る過程を指す。健康時とショック状態の乳酸代謝を定量的に検討したレビューは、エネルギー産生と糖新生の両方を区別して扱っている。患者を含む知見の整理であり、18〜39歳の女性の運動中の配分にそのまま当てはめることはできない。「乳酸の再利用」と書かれた図を見たら、糖への変換なのか、燃料としての利用なのかを確かめたい。[5]
立川駅北口へ向かう帰り道に、運動した脚を意識することはあっても、肝臓の燃料供給を意識する機会は少ない。だが、体内の燃料の移動は動いている場所だけでは完結しない。これは肝臓を鍛えるために運動を増やす話ではなく、筋肉だけの収支表では読み落とす働きがある、という話である。[3][15]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
肝臓周辺は、血流が減っても糖の供給を増やしていた
具体的な数字を見よう。Nielsenらは男性8人の運動中に、動脈と肝静脈から採血し、肝臓を含む内臓領域の血流や物質の出入りを調べた。比較したのは、安静時と強い運動をしているときである。18〜39歳の女性で同じ変化量になるかは、この男性の実験からは判断できない。食事法の効果を比べた試験でも、運動を続けた後の減量を調べた試験でもない。[15]
この実験で内臓領域の血流は、毎分1.6±0.1 Lから0.7±0.1 Lへ減った。一方で、同じ領域の酸素摂取は毎分67±3 mLから93±13 mLへ増え、糖放出は毎分1.1±0.1 mmolから2.1±0.3 mmolへ増加した。数値の±は標準誤差である。血流の量と、その領域が取り込んで使う酸素の量は、同じ向きに動いていなかった。[15]
血液が少なくなったら、すべての代謝も同じ割合で小さくなる。そのような単純な図にはならない。運動中の動脈血糖は、安静時に近い水準に維持された。研究者は、血流が大きく減っても肝臓が血糖を維持する能力は保たれたと解釈している。脚が忙しいときに、燃料を供給する側も働いていたと読める。[15]
ただし、測った範囲は肝臓を含む内臓領域である。この領域の酸素摂取を、肝臓の特定の反応だけの数字に置き換えることはできない。また、糖放出の増加をすべて乳酸由来と扱うのも飛躍だ。同じ実験では、強い運動に伴ってコリ回路の寄与が減る可能性も示された。糖を多く出すことと、乳酸から多く作り直すことは、同じ結論ではない。[15]
乳酸が増えるほど、肝臓の再利用も増えるとは限らない
同じ男性8人の実験では、動脈血中の乳酸濃度が1.1±0.2 mmol/Lから6.0±1.0 mmol/Lへ上がった。肝臓を含む内臓領域の乳酸取り込みも、毎分0.4±0.06 mmolから1.0±0.05 mmolへ増えた。18〜39歳の女性の取り込み量にも同じ数値が当てはまるかは別に確かめる必要がある。ここまで読むと、乳酸が増えるほど糖への再利用も順調に増えるように見える。[15]
ところが、内臓領域から出る静脈血の酸素飽和度が低くなったとき、動脈と肝静脈の乳酸濃度の差はゼロに近づいた。血液が運んできた乳酸と、通過後に残った乳酸との差が小さくなる場面があったのである。研究者は、血流低下が血中乳酸の蓄積に影響し、コリ回路の寄与は低下したように見えると述べている。[15]
全体としての取り込み増加と、条件が厳しくなった局面での濃度差の縮小は、別の観察である。片方だけを拾うと、「乳酸は多いほどよく再利用できる」あるいは「強い運動では肝臓が全く使わない」という極端な読み方になる。実験が見せたのは、糖供給が維持されても、乳酸の扱いは同じ調子で条件によって変わるという関係だ。[15]
したがって、乳酸をたくさん作るために息が上がる運動を追加し、それを肝臓の追加消費と考える手順は、この結果からは導けない。血中の材料が多いことと、その材料をどれだけ利用するかは分けて読む必要がある。運動のきつさに、体内の再利用の効率まで代表させないことが肝心である。[5][15]
同じ研究の動脈血糖は、安静時の5.2±0.2 mmol/Lに対し、運動中も5.5±0.2 mmol/Lと近い水準だった。一方、糖放出は増えていた。血液を採って濃度だけを見ると変化が小さくても、供給の仕事は大きくなっている場合がある。濃度が安定していることを、何も変わっていない証拠にしない点も、この実験の読みどころである。[15]
血糖と糖放出の数字には、そもそも違う意味がある。血糖は血液中にある糖の濃さで、糖放出は時間当たりに供給される量を表す。この実験が両方を測ったことで、一定に近い濃度の背後に供給の増加が見えた。運動前後の採血値が似ていたとしても、それだけでは糖の供給量まで同じだったと判断できない。[15]
乳酸についても、血中濃度と取り込み量を混ぜないことが大切だ。濃度はmmol/L、取り込みはmmol/minで示されている。前者は血液の量に対する乳酸の量、後者は時間に対する移動量である。男性の実験では両方が増えたが、だからといって濃度の上昇幅を取り込み量や消費エネルギーに換算するには、別の測定が必要になる。まず単位を見れば、比べようとしている数字が同じ種類かを確かめられる。濃度だけが示された説明では、時間当たりの取り込み量と区別して受け取る必要がある。[15]
血流の変化を読む場合にも、研究者がどこを測ったかを残しておきたい。脚の筋肉の血流、肝臓を含む内臓領域の血流、全身の血液の流れは、同じ測定対象ではない。ここで紹介した結果は、動脈と肝静脈の採血などから内臓領域の反応を調べたものだ。「運動すると血流が減る」と場所を外して短くすると、実験が比べた関係とは違う話になる。[15]
また、参加したのは男性であり、その場の運動に対する生理反応を測った実験である。日常的に運動する女性の長期的な変化や、体型の変化の大きさを示したものとしては読まない。実験の価値は、肝臓の働きを減量の宣伝に使えることではなく、血流と酸素摂取と糖供給が一緒には動かないことを、同じ運動条件の中で示した点にある。[15]
数字で読む肝臓周辺の働き
男性8人を対象に、安静時と強い運動中の内臓領域の反応を測った実験である。[15]
血流は毎分1.6±0.1 Lから0.7±0.1 Lへ低下した。±は標準誤差である。[15]
酸素摂取は毎分67±3 mLから93±13 mLへ増加した。乳酸からの糖合成だけを測った値ではない。[15]
糖放出は毎分1.1±0.1 mmolから2.1±0.3 mmolへ増加した。糖の供給量と材料の内訳は別である。[15]
乳酸取り込みは毎分0.4±0.06 mmolから1.0±0.05 mmolへ増加した。強い運動中のすべての局面が同じ反応ではなかった。[15]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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