大胸筋の筋トレ、外へ引く合図は必要?手幅が動かなくても生じる横方向の力

大胸筋の筋トレで「バーを外へ引く」と言われたら、手幅まで広げるのだろうか。ベンチプレスで測った横方向の力を手掛かりに、見える軌道、胸と腕の筋活動、疲れた時の肘の負担を読み分ける。外向きの力が生じる事実と、その合図で何ヶ月後の筋肉が変わるかという問いを分けて考える。

「バーを外へ引くつもりで押す」とは、手を動かさずに何をすることなのか。ベンチに横たわり、バーを握ったまま、その合図を考える。胸の上へ押す種目なのに、合図は横向きだ。手を外へ滑らせるのか、それとも頭の中だけの話なのか。動かないバーにも、横へ向かう力は実際に加わっている。[1][4]

ただし、横の力があることと、意識して外へ引けば大胸筋がもっと育つことは分けたい。男性と女性が参加した測定では外向きの力が確認され、別の男性対象の実験では、手幅によって外向きにも内向きにもなった。[1][4] 男性だけの結果を18〜39歳の女性にもそのまま当てはめるには、女性を対象とした比較が必要だ。 「誰でも外へ引くのが正解」と決める前に、何を測った結果なのかを確かめる必要がある。

既存記事「大胸筋の筋トレ、フリーウェイトは強く握る?バーを締める合図と押す力を読む」には握る強さの問いを譲る。ここで追うのは、握った手の位置を変えずにバーの長い方向へ加わる力だ。何ヶ月で変わるかが気になる時ほど、その場の力の向きと、継続して測る筋肉の変化を混同しない。[1][9]

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バーの軌道だけでは横の力は見えない

ベンチプレスの動画を見ると、まずバーがどこへ動いたかに目が行く。だが、研究者が測ったのは移動だけではない。初心者に近いレクリエーション実践者を対象にした実験では、手からバーへ加わる鉛直方向の力と、バーの長軸に沿う横方向の力を、計測用のバーで別々に記録した。位置と動作の時点を調べるためには、立体的な動作計測も併用している。[4]

対象は男性10人、女性8人である。最大重量を押す条件と、その80%の重量を押す条件を比較したところ、すべての挙上で横方向の力はバーに沿って外向きだった。持ち上げる局面の横の力のピークは、最大重量では鉛直方向の力の26.3±3.9%、軽い条件では23.7±3.9%であった。[4] 上へ動かしているつもりでも、手が伝える力には横向きの成分が含まれていたのである。

ここで「横へ力が逃げた」と採点するのは早い。この研究の著者らは、負荷を変えても鉛直方向に対する横方向の力の割合が近かったことから、上へ押す筋肉の働きに伴って横の力が生じると解釈している。[4] バーが横に進まないという見た目だけで、横方向には何もしていないと判断できない。

反対に、動画で手幅が保たれているからといって、その人の横の力の大きさや向きを数値で当てることもできない。バーの位置を記録する方法と、バーにかかる力を測る方法は、研究の中でも別々に使われていた。[4] スマホの画面は軌道を見る窓にはなるが、そのまま力の計測器にはならない。画面の中のバーは、胸の内も力の内訳もしゃべらない。

これは動作を観察する意味がないという話ではない。練習の記録なら「手が外へ動いた」と「外へ引くつもりだった」を別の言葉で残せばよい。前者は位置の変化、後者は合図に対する本人の意識である。研究で確認された横の力は、さらに別の測定結果だ。[1][4] この区別があれば、指導者との会話でも、意識の変更を実際の手幅変更として受け取らずに済む。

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広い手幅では外向き、狭い手幅では内向きだった

手幅と横の力を直接比べた実験では、筋トレ経験のある男性7人と、経験のない男性7人が参加した。広い条件の手幅は81cm、狭い条件は40cmで、それぞれ10回が限界となる負荷のベンチプレスを行った。横の力に加え、大胸筋と上腕三頭筋の筋電図も記録している。筋電図とは、筋肉が働く時の電気的な活動を調べる測定である。[1] 対象は男性のみであり、18〜39歳の女性でも同じ手幅で同じ力の比になるかは、この比較からは判断できない。

全反復を通した平均では、鉛直方向に対する横方向の力の比は、広い手幅で約30%の外向き、狭い手幅で約10%の内向きだった。この傾向は経験者にも未経験者にも見られた。[1] 「ベンチプレスには横の力がある」は成り立つが、「その横の力は必ず外向きだ」は、狭い手幅の結果と合わない。手幅という条件を添えると、説明の内容が変わる。

前の男女対象の実験ではすべて外向きで、こちらでは狭い手幅で内向きだった。[1][4] どちらかを間違いとして片付ける必要はない。違う参加者と条件で行われた測定であり、とくに後者は手幅を変えて比較している。また、前の研究の値は持ち上げる局面のピーク、後の研究の値は全反復の平均だ。[1][4] 近そうな数字でも、そのまま大小の順位表にはできない。

たとえば、広く握った時に聞いた「外へ引く」という合図を、狭く握る日にも機械的に持ち込む場面を考えたい。狭い手幅の実測では内向きの力が生じていたのだから、外向きを感じられないだけで失敗とは決められない。[1] 合図を覚える時は言葉だけを抜き取らず、どの手幅で、どんな押し方を見ながら言われたのかも一緒に確認するほうが、研究の読み方に合う。

なお、81cmや40cmはこの実験の比較条件であり、読者の体に合う手幅を指定する数字ではない。[1] 実験の条件を知ることと、その条件を自分の練習へそのまま移すことは別の作業だ。この記事も、手幅の最適値を決める話は隣の記事に譲り、同じ「押す」の中に違う向きの力が含まれる点に絞って読む。

横の力が増えれば胸の分担も増えるのか

外向きの力を聞くと、「横へ強く引くほど胸を使える」と考えたくなる。しかし、手幅を比較した実験では、大胸筋と上腕三頭筋の筋電図の比は、評価した条件のほとんどで、広い手幅と狭い手幅の間に有意な差がなかった。例外は未経験者が疲れた状態で下ろす局面だった。[1] 横の力の向きが変わっても、胸と腕の活動の比はおおむね保たれていたのである。

上腕三頭筋は肘を伸ばす側の筋肉であり、この研究では肩の動きに関わる大胸筋との活動の配分を比べている。[1] ここで大切なのは「比」という言葉だ。比が近いという結果は、胸と腕の関係を示す。一方の筋肉だけがどれほど強く活動したか、筋肉が何ヶ月後にどれほど大きくなるかという問いに、そのまま答える数字ではない。[1][9]

研究者らは、肩と肘の筋活動の程度をおおむね同じように保つために、バーへ加える力の方向を調整している可能性を示した。[1] これは動作の成り立ちに関する解釈である。「外向きの力を最大にすれば最適な鍛え方になる」とする処方ではない。実測された動きの説明を、練習中に達成すべき目標へ置き換えると、研究の意味が変わってしまう。

「胸に効いた感じ」と、測定された筋活動の比も、同じ欄には入れないでおきたい。練習後に感覚を書くなら、自分が何を感じたかとして残す。その横に、手幅、使った重さ、反復の様子を書く。横の力と筋活動を分けて調べた研究と同じように、記録する対象を分けるのである。[1] 感覚に価値がないのではなく、感覚へ成長の証明まで任せないための整理だ。

力の割合を見る時は、分母にも目を向けたい。ここで示された約30%や約10%は、胸の筋肉の活動のうち何割かを示す数字ではなく、横方向の力を鉛直方向の力と比べた比率だ。[1] 「胸を使う割合が増えた」と読み替えると、力の測定と筋電図の測定が混ざる。研究が両方を調べた意味は、片方の数字だけではもう片方を説明し切れない点にもある。

また、全反復の平均という表現には、反復全体を通して集約した値という意味がある。途中のある瞬間の最大値と、同じものとして扱わない。[1][4] 広い手幅の約30%と、別の研究の26.3%を見て「前者のほうが胸に効く」と並べることはできない。測った対象が横の力であることに加え、数字のまとめ方も異なるからだ。[1][4]

仕事帰りに練習を見返すなら、動画の横に書く問いを具体的にしたい。「今日の合図は何だったか」「手の位置は変えたか」「何を比べたかったか」。研究の数値を再現する競争より、こうした問いのほうが自分の記録と結び付く。外向きの力が実測された事実は、合図の意味を考える材料になるが、計測をしていない自分の力の大きさを保証するものではない。[1][4]

経験者にも未経験者にも手幅による向きの違いがあったことは、練習歴だけで合図を選べない理由にもなる。[1] 慣れた人の言葉を借りる時ほど、その人が行っている条件を確かめたい。同じ言葉で押していても、同じ力の配分を再現したと判断するには、言葉や動画とは別の計測が必要となる。[1][4]

数字で読むバーの横方向の力

男性10人・女性8人:最大重量とその80%を比べた、バーの力の計測対象だった。[4]

26.3±3.9%:最大重量の挙上局面で、横の力のピークが鉛直方向の力に占めた割合である。[4]

23.7±3.9%:最大重量の80%を押した条件での、同じ種類のピークの割合に当たる。[4]

約30%外向き:手幅81cmで行った実験の、全反復平均の横と鉛直の力の比である。[1]

約10%内向き:手幅40cmで行った実験の全反復平均であり、外向きを一律の正解にできない理由になる。[1]

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宮川涼 Founder

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