運動習慣を人に聞かれると、自分で記入するときより活動的に答えるのか。同じ人が両方に回答した比較研究とメタ分析から、社会的望ましさによる偏り、割合と相関の違い、調査方法を比べる際の注意点を読む。厚労省などの統計を見るときや、日々の運動を振り返る場面で、回答をどう受け止めるかを考える。
生活習慣の面接で、聞き手のペンが止まる。「普段、体を動かしているか」。画面に自分で入力するなら迷わない項目でも、目の前で相手が待っていると、行くつもりだったヨガまで思い浮かぶ。予定表の中では、ずいぶん活動的な生活である。
面接で聞かれると、より望ましい方向に回答が寄ることはある。同じ人に面接式と自己記入式の生活習慣質問票を実施した比較研究では、面接式で一貫して社会的に望ましい回答が多く、運動項目にもその方向の偏りがあった。ただし、その大きさをどの調査にも当てはめたり、面接の回答をすべて誤りと扱ったりはできない。[18]
「運動習慣のアンケートは家族が答えても同じ?代理回答と本人の記録を分けて読む」では回答者が本人か家族かという問いを扱っている。ここで考えるのは、本人が答えていても、聞き手のいる場面では数字の意味が変わるか、という問題だ。自分の記憶だけでなく、答えを受け取る相手にも目を向けたい。[18]

同じ人が答えても、面接と自己記入で違った
比較の軸になるのは、健康に関わる生活習慣の質問票を調べた研究だ。参加者234人が110項目の質問票に面接式と自己記入式の両方で答えた。実施の間隔は2週間で、どちらを先に行うかは無作為に決められた。面接を受ける集団と紙に書く集団を別々に集めただけではなく、同じ人の回答を比べた点に意味がある。[18]
別の人同士なら、面接側にたまたま運動好きが集まった可能性も考える必要がある。この研究は回答者を共通にして、実施順序も無作為にしている。もっとも、同じ日に同じ行動を測り直したわけではない。結果は、こうした設計で得られた回答方式の比較として読むのが適切だ。[18]
研究では、肯定的な回答の割合や平均値について、面接と自己記入の差を自己記入の値で割った「偏りの割合」を用いた。その値は全項目で望ましい方向にあり、運動では1.4%、生活全般のストレスでは26.1%だった。健康について聞く質問でも、何を聞くかで差の大きさは同じではなかった。[18]
ここで1.4%を「運動時間を1.4%長く答えた」と読み替えてはいけない。研究が比較したのは、質問項目への肯定的な回答の割合または平均値の相対的な差である。「1.4ポイント増えた」という表現とも違う。割合の差を表す単位と、時間の長さを表す単位を混ぜると、控えめな結果が急に別の話になる。[18]
この研究の差は、回答者の性別や年齢、聞き手との年齢差とも関係していた。平均的な偏りは男性より女性で大きく、若い回答者で強かった。また、聞き手と回答者の年齢差は偏りの割合と逆方向に関連し、その関連が最も強かったと報告されている。聞き手を単なる録音装置のようには扱えないことを示す結果だ。[18]
ただし、若い女性なら回答が信用できない、という人物評価に使う研究ではない。同じ性別や年代にもさまざまな人がいる。面接の設計や比較で回答者と聞き手の特徴を考慮する理由にはなるが、目の前の人の運動記録を一律に差し引く根拠にはならない。[18]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
よく見られたい気持ちは、うそと同じではない
社会的望ましさとは、周囲から受け入れられやすい方向へ回答が寄る傾向を指す。この生活習慣の比較研究では、面接式の回答が系統的に望ましい方向へ動いた。これは、運動についての回答を、記憶の正確さだけでは捉えきれないことを意味する。誰に伝えるかという条件も含めて考える必要がある。[18]
たとえば「運動は続いているか」と知人に聞かれた場面を想像する。先週は行けなかったが、その前は参加した。これからは続けたい。その気持ちを含めて「まあ、続けている」と答える場面はありそうだ。これは研究で実際に観察された会話の再現ではなく、回答するときに事実と自己評価を分けるための例である。
聞く側も、運動の少ない回答を失敗の告白のように扱わない方がよいだろう。「忙しい週だった」という説明と、実際に動いた日の情報は同時に存在できる。生活習慣の面接に偏りが見られた研究を日常へ生かすなら、相手を疑うより、答えやすい問い方になっているかを点検する方が筋が通る。[18]

聞き手の特徴は、回答の条件として読む
生活習慣の比較研究では、男女を含む234人が同じ質問票に回答した。女性や若い回答者で平均的な偏りが大きかったという結果はあるが、18〜39歳の女性にそのまま同じ偏りの大きさを当てはめるには、その年代の女性に絞った検証が必要だ。ここでは個人の正確さを判定するより、回答する場の条件を考えたい。[18]
とくに注目したいのは、回答者の年齢だけでなく、聞き手との年齢差も関連していた点だ。聞き手がいるかどうかという分類だけでは、面接の条件を表しきれない。誰が尋ね、誰が答えたかを組にして読むことで、調査方式という言葉の中に隠れた条件が見えてくる。[18]
ただし、年齢差と偏りの関連は、聞き手の年齢を変えれば偏りを消せるという介入効果を示すものではない。無作為に決めたのは回答方式の実施順序であり、聞き手と回答者の特徴に関する関連とは区別が必要だ。研究の中でも、実験的に比べた条件と、関連を調べた条件を分けて受け取る。[18]
日常の報告なら、相手が変わったときに答え方も変わっていないかを振り返る材料になる。たとえば、親しい知人への近況報告と、初めて会う指導者への説明では、伝えたいことの選び方が違うかもしれない。これは具体的な場面を想像するための例で、相手ごとの誤差を研究が数値化したという意味ではない。
人の順位が似ていても、割合まで同じとは限らない
面接と自己記入を比較した研究には、見逃したくないもう一つの結果がある。人と人を区別する点では、両方式は非常に似た結果だったという。誰が相対的に活動的かという並びが似ていても、面接では全体の回答が望ましい方へ寄る。この両方は矛盾せずに起こりうる。[18]
相関は、値が一緒に高くなったり低くなったりする関係を見る指標であり、値そのものの一致とは違う。国際的に使われる身体活動質問票を検証したメタ分析では、21研究から活動区分別の相関を統合し、補正した平均の相関指標は0.27〜0.49だった。全体として小〜中程度で、強い活動で最も高く、中程度の活動で最も低かった。[9]
このメタ分析では、質問票の長さ、振り返る期間、面接か自己記入か、言語、比較する機器や質問票なども検討された。活動区分や研究条件によって妥当性の程度が異なるため、使用条件を考慮して質問票を選ぶ必要があるとされた。「運動アンケート」という名前が同じでも、同じ性質の物差しとは限らない。[9]
面接方式の比較と、このメタ分析は役割が異なる。前者は同じ人の回答が方式でどう動くかを見ており、後者は身体活動質問票と別の測定との対応をまとめている。メタ分析の相関を、面接による偏りの大きさとして読み替えることはできない。問いに対応する結果を使い分ける必要がある。[9][18]
たとえば、運動する人を相対的に区別できる質問票でも、集団全体が活動的に答える方向へずれる余地はある。順位の情報が必要な場面と、実際に運動している人の割合が必要な場面では、そのずれの意味が変わる。研究がいう「似た結果」が何について似ていたのかを、結論の手前まで戻って確かめたい。[18]
数字の用途を先に決めることも大切だ。自分の回答を以前の回答と比べたいのか、地域の集計と比べたいのか。それによって、回答方式の変更を確認するのか、対象や質問票の違いまで確認するのかが変わる。相関の高さだけを見て比較を始めるより、必要な比較に合った測定かを問う方が具体的である。[9][18]
数字で読む面接と回答の偏り
234人:同じ参加者が面接式と自己記入式の両方に答えた生活習慣調査。[18]
2週間:両方式を実施した間隔で、実施順序は無作為に決められた。[18]
1.4%:運動項目での相対的な偏り。運動時間の増加率や割合のポイント差ではない。[18]
0.27〜0.49:身体活動質問票のメタ分析による、活動区分別の補正した平均相関指標。[9]
21研究:身体活動質問票と他の測定との相関をまとめたメタ分析の研究数。[9]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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