カラオケでストレスが溜まるのはなぜ?歌う楽しさと評価される緊張を分けて読む

カラオケでストレスが溜まるとき、歌が苦手だからと決めつける必要はない。人前で歌う実験、音楽活動の系統的レビュー、緊張の受け止め方を変える研究から、歌う楽しさと評価される負担を分けて考える。一人で歌う場合や機械の採点にどこまで応用できるか、研究との距離も確かめる。

前奏が終わり、マイクを握る。自分で選んだ好きな曲なのに、最初の一音が出るまでが落ち着かない。けれど、マイクが回ってきた瞬間から、歌詞より隣の人の表情が気になる。休みに来たのに、頭の中では審査会が始まっている。

カラオケで疲れる理由を考えるには、「声を出して歌うこと」と「人に評価される場面」を分けるとよい。健康な大人が人前で歌う実験では、参加者は強い主観的ストレスを報告した。歌唱は、条件によっては実験室でストレスを起こす課題にもなるのである。[1]

ただし、これで一人カラオケの優位や、採点機能がストレスの原因だと決まるわけではない。音楽活動の系統的レビューでも、心理面でよい結果と効果を示さない結果はほぼ拮抗している。歌えば必ずすっきりするという約束をいったん外し、自分が何に負担を感じるのかを見分けるのが、この記事の問いである。[13]

既存記事「ストレス発散のカラオケは意味の分かる歌がよい?歌詞の理解と気分を読み解く」は選曲と言葉の理解、「ストレス解消のカラオケは響く部屋ほど楽?自分の声の聞こえ方と喉の負担を読む」は音響と発声を扱う。それらの問いとは分け、ここでは人前で披露する緊張に焦点を置く。

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歌う場所が、評価される場所に変わるとき

社会的評価の脅威とは、自分の行動を人に判断される状況での脅威を指す。人前で話す課題を使うストレス実験に対し、歌う課題を取り入れた研究がある。研究者は、健康な男性20人、女性20人に、スピーチや計算を行う標準的な課題と、人前で歌う課題の両方を経験してもらった。同じ参加者の中で反応を比べる実験である。男女を含む健康な成人の結果であり、18〜39歳の女性にそのまま当てはめられるかは、年齢層と歌う条件を分けて考える必要がある。[1]

男女とも、両方の課題に対して同様に高い主観的ストレスを報告した。歌う課題は、会議で話す課題とは見た目が違っても、参加者にとっては強い緊張を伴う場面だった。この結果を読むと、「娯楽なのだから緊張するのは変だ」と自分に言い聞かせる必要は薄れる。歌を使っていても、人前で何かをする負担は成立する。[1]

もちろん、実験室の公開歌唱と、友人と過ごすカラオケは同じ条件ではない。知っている曲を選べる場面、歌うのを断れる場面、感想を求められる場面では、日常の問いも変わる。この研究が直接示すのは、人前で歌う課題がストレスを引き起こしうるという点である。聞き手が何人ならつらいか、どんな採点画面なら負担になるかを決める数字ではない。[1]

同じ参加者が両方の課題を経験したことにも意味がある。歌の課題に参加した人とスピーチの課題に参加した人が、もともと違う性格だったから、という比較ではない。そのうえで、どちらの課題でも高い主観的ストレスが報告されたのである。ただし、課題同士で同様に高かったことを、歌唱とスピーチの負担が日常のどの場面でも完全に等しいという主張に広げることはできない。[1]

ここから先は、研究を生活に引き寄せるための整理である。たとえば、曲を選んでいる間は楽しめるのに、歌い始める直前だけ帰りたくなるなら、曲の好みと人前での披露を分けて振り返れる。歌う間ずっと苦痛なのか、終わった後の感想を待つ時間が苦痛なのかでも、次に変えたい条件は違う。「カラオケが苦手」という大きな箱に入れる前に、場面に名前を付けてみたい。

既存記事「カラオケのストレス発散で仲間と近づける?集団歌唱の協力と競争から考える」には、仲間との関係の問いを譲る。ここでは親密さが増すかどうかより、歌う本人が評価を意識したときの負担を追う。仲がよい相手に聞いてもらう日にも、上手に歌いたい気持ちはありうる。誰と行ったかだけでは説明しきれない場面を考えるためだ。

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「つらい」という感覚とホルモンは同じ動きをしない

歌う実験では、本人のストレスの答えに加え、唾液中のコルチゾールも調べている。コルチゾールは、この研究で身体のストレス反応をみるために測定されたホルモンである。男性は両課題で明確な反応を示し、女性の反応はそれより小さかった。一方、主観的ストレスは男女とも同様に高かった。[1]

このずれは読み飛ばせない。「測定値の反応が小さい」と「本人は平気だ」は別の話なのだ。女性の身体反応が男性より小さかった結果だけを取り上げて、女性は人前で歌ってもつらくないと結論するのは、本人の回答を落としてしまう。逆に、本人のつらさだけから、全員のホルモンが同じように動いたと考えるのも誤りである。[1]

人数にも目を向けたい。これは男性20人、女性20人を対象にした実験であり、性別で一人ひとりの反応を予言するための調査ではない。研究者も、研究の設計から分析、解釈まで性差を検討する大切さを示している。ある女性の「今日は歌いたくない」を、集団の平均で取り消すことはできない。[1]

友人に「見た目は全然緊張していなかった」と言われる場面もあるだろう。それは友人からどう見えたかという情報だ。自分がどう感じたかという記録とは、別々に持っておける。研究でも主観と身体反応に異なる結果が出たことを踏まえると、ストレスを一つの物差しだけで確定しようとしない読み方が必要になる。[1]

日常ではホルモンを調べるために歌いに行くわけではない。帰り道に「疲れた」と思ったら、楽しかった瞬間も、気を張った瞬間も思い出してみる。同じ夜に両方があってよい。「楽しめたのだから負担はなかったはず」という採点を、自分に追加しなくてよいのである。

歌の健康効果にも、同じ答えばかりは並ばない

歌うことへの期待そのものは、研究と無縁ではない。音楽をつくる活動と心身のよい状態の関係を扱った系統的レビューは、50報を検討している。よく研究されていたのは集団または個人の歌唱で、多くは準実験的な設計だった。対象を18〜39歳の女性に限定したレビューではないため、この読者層で同じ結果が得られるかは個別に確かめる必要がある。準実験とは、介入を比べても、無作為に条件を割り当てる実験と同じ設計ではない研究の型である。[13]

このレビューでは、心理面について、肯定的な結果と効果を示さない結果がほぼ拮抗していた。ただし若年・中年の合唱研究では肯定的な結果が優勢だった。生理面の結果は混在し、社会面では集団歌唱を中心に肯定的な結果が多かった。どの面のよさを指すかで、見える景色が違う。[13]

したがって、集団歌唱の社会面によい結果が多いからといって、個人の緊張まで必ず下がるとは読めない。反対に、人前で歌う実験でストレスが生じたからといって、歌唱全般のよさを否定するのも飛躍である。評価を受ける課題と、さまざまな音楽活動の研究は、同じ質問をしていない。[1][13]

カラオケの帰りに「また会いたいけれど、次は歌わずに話したい」と思ったとしよう。人と過ごすことへの満足と、歌を披露することへの負担を分ける言葉である。研究を読むときにも、社会面、心理面、生理面をまとめて「ストレス発散」と呼ばないほうが、本人の経験を置き去りにしにくい。[13]

レビューに集まった研究の数と、効果の確かさも区別したい。50報あっても、それぞれが異なる活動や指標を使っていれば、カラオケの特定の条件について同じ比較を繰り返した数にはならない。著者らも研究設計の選択と、よい状態を測る指標の偏りに注意を促している。数の多さだけで「歌えば安心」という結論を作らず、何を行い、どの面を評価した結果かを見る必要がある。[13]

一人で歌えば評価への意識を外せる、と期待する人もいるだろう。ただしここで取り上げた実験は、一人カラオケと採点ありのカラオケの直接比較ではない。一人のほうがよいかは、自分の楽しみ方を探る問いとして残る。人前での歌唱が負担になりうるという知見と、一人なら必ず負担が消えるという主張の間には距離がある。[1]

数字で読む歌唱と評価の研究

男性20人・女性20人:人前で歌う課題と、スピーチ・計算課題を同じ参加者が経験した実験の対象である。[1]

50報:音楽活動と心身・社会面のよい状態を検討した系統的レビューの採用論文数である。[13]

75人:音楽演奏不安と歌声の支障感の関係を調べた、成人のアマチュア歌手の横断研究の人数である。[5]

6人:歌唱時の不安を扱う集団コーチングの予備研究の参加者数であり、大規模な効果検証ではない。[6]

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宮川涼 Founder

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