白髪はストレスで増えるのか。急なストレスで色の幹細胞が尽きた2020年のマウスの実験と、人の毛を1本ずつ読んで白髪が黒に戻る例を示した2021年の研究を軸に、年齢や遺伝との関係、一時的に戻る仕組み、染める以外の手立てが乏しい理由を確かめる。
朝の洗面所で、分け目に1本。先月の繁忙期のせいだ、と思った。その推理は半分だけ当たっている。
ストレスが白髪を早めることは、少なくともマウスでは実験で示された。2020年の研究では、急なストレスで交感神経が働き、毛の色のもとになる幹細胞が一気に増えたあと、元の場所から永久に失われた[22]。総説もこの筋道を、白髪を早めるものとして紹介している[17]。ただし白髪の本筋は年齢で、性別も人種も問わず誰にでも起きる[2]。
黒に戻る話も嘘ではない。2021年の研究は人の毛を1本ずつ読み、白や灰色の毛が自然に色を取り戻す例を、性別、民族、年齢、体の部位を問わず示した[21]。心理的なストレスと並行して白くなったり戻ったりする例も報告している[21]。しかし2023年の総説は、毛染めのほかに有効な対策は無いと書く[6]。戻ることがあるのと、戻せるのとは別の話だ。ストレスが減れば戻るのかという本命の問いには、後半で答えられる範囲を線引きする。

色は毛先ではなく、根元で決まる
髪の色素は2種類ある。黒や茶のユーメラニンと、赤みや金色のフェオメラニンだ。どちらも毛包という毛の袋の中で作られ、毛のもとになる細胞へ渡される。この作業は毛の成長周期と連動している[16]。色の工場は、毛の成長に合わせて動いたり止まったりする。
ここから少し意外なことが言える。色が根元で作られるなら、1本の毛は伸びた順に色を残した年表になる。2021年の研究はまさにこの発想で、毛の軸に沿って色の濃淡を測り、最近の生活史を読み取る方法を作った[21]。今朝の1本の理由を探すなら、先週の会議より、もっと前を疑うのが筋だ。
色が足りなくなる理由も1つではない。色素細胞が衰えて色を作れなくなる場合と、作った色を毛へ渡す段階でつまずく場合が考えられている[16]。工場が止まるのか、配送が止まるのか、の違いである。
工場へ職人を送り出すのが、色素の幹細胞である。ふだんは休んでいて、毛の周期が来ると目を覚まし、分化しながら根元へ降りて色を届ける[17]。年齢による白髪は、この幹細胞がじわじわ減っていく過程として説明される[17]。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
同じ部署の同期でも、始まる時期はばらばら
白髪の進み方は年齢と強く結びついているが[2]、同い年なら同じ量になるわけではない。総説は、始まる時期や広がりの差の背景に、遺伝、酸化ストレス、ホルモンの変化を挙げる[4]。別の総説は、遺伝と環境と細胞の要因の複雑な組み合わせだと書く[8]。同じ部署で同じ繁忙期を過ごした同期のうち片方だけ白髪が増えても、それだけでは、その人が気に病みやすかった証拠にはならない。土台に差があるからだ。
毛は見られるものでもある。ある総説は、人は肌と髪で年齢や健康を伝える社会的な動物で、白髪は多くの人にとって消えゆく若さの逃れられない合図になると、論文にしてはずいぶん情緒的に書いている[18]。同じ総説によれば、毛包の色素の仕組みは老化を調べるのにすぐれた組織で、ほかの部位で目立つ前に変化が見えることが多い[18]。中央線の車内で前の人の分け目が気になるのは、性格が悪いからではない。

論文の「ストレス」は、上司の顔をしていない
「白髪 ストレス」で調べた人がいちばん引っかかりやすいのがここである。白髪の総説に「ストレス」とあれば、まず酸化ストレスのことかどうかを確かめたほうがいい。反応性の高い酸素の分子が細胞を傷つける現象で、締切も人間関係も出てこない。
ある総説によれば、毛包の抗酸化の守りは加齢で弱まる。過酸化水素を分解する酵素のカタラーゼが大きく減り、過酸化水素がミリモルの濃度までたまって、毛根の色素細胞の不調や死につながる[14]。活性酸素の出どころとして挙げられているのは紫外線A波と、色素を作る作業そのものだ[14]。つまり色を作る仕事は、自分の仕事で自分を傷つけている。
守りが弱まる場所は1か所ではない。幹細胞のいる場所では、細胞の生存を支えるたんぱく質BCL-2の減少が酸化ストレスを強め、色素の幹細胞が選択的に死んで数を減らす[14]。根元の色素細胞も同じたんぱく質で身を守っているが、加齢でその発現が落ちる[14]。人の毛を調べた2021年の研究でも、灰色の毛ではエネルギー代謝、ミトコンドリア、抗酸化の守りに関わるたんぱく質が増えていた[21]。白くなる毛は、ただ枯れているわけではなく、何かに忙しく対応している。
2026年の総説も、白髪に関わる因子として酸化ストレス、紫外線、遺伝に、喫煙、栄養、感情の要因を並べたうえで、正確な成り立ちはまだ分かっていないと書く[2]。別の総説は、喫煙、飲酒、ストレスをよく挙がる因子としている[16]。心のストレスは列の一員であって、列の全部ではない。「白髪の原因はストレス」という一文を見かけたら、心の話なのか細胞の酸化の話なのかで、意味がまるで変わる。
心のストレスが効くなら、どこに効くのか
ストレスで白髪が増えるという話は、長く経験談の域を出なかった。2020年の論文自身が、科学的な裏づけはほとんど無かったと書き出している[22]。そこで調べたのがマウスである。急なストレスを与えると、色素の幹細胞が素早く失われ、毛が白くなった[22]。
面白いのは消去法の手順だ。副腎を取り除く、神経を切る、特定の受容体をなくすといった操作で確かめると、幹細胞の喪失は免疫の攻撃によるものでも、副腎のストレスホルモンによるものでもなかった[22]。効いていたのは、幹細胞のすみかに伸びる交感神経である。ストレスでこの神経からノルアドレナリンが一気に出ると、休んでいた幹細胞が急いで増え、分化して移動し、すみかから永久にいなくなる[22]。増殖を一時的に抑えると、ストレスによる白髪は防げた[22]。比喩で言えば、控えの選手を全員同時にグラウンドへ出すようなものだ。ベンチは空になる。
2026年の総説は慢性の側から考えている。長引く酸化ストレス、弱い炎症、ストレスに関わる交感神経のノルアドレナリンが信号の雑音を増やし、幹細胞が動き出す閾値を押し上げるかもしれない、という[1]。毛を作る幹細胞が動き出す時と、色素の幹細胞が応じる時の連携が加齢で弱まるという見立てで、文の語尾はどれも「かもしれない」である[1]。締切前の1週間は急なものに、何年も続く介護や人間関係は長引くものに近いだろう。
割り引いて読むべき事情もある。2020年の実験はマウスの話だ。色素の幹細胞が白髪に関わるという議論は、マウスの皮膚で幹細胞が特定されたことで盛んになったが、人の白髪を論じた総説は、マウスの結果を単純に人へ当てはめないよう注意を促している[18]。
いま言えるのはこうだ。筋道は具体的に描かれている。しかし「これだけのストレスで何本増える」という数字も、急なものと長引くもののどちらが効きやすいかという比較も、ここで読む研究からは出てこない。
数字で読む白髪
- 2種類:髪の色素の種類。黒褐色のユーメラニンと黄赤色のフェオメラニン[16]
- 1本:2021年の研究が色の変化を読む単位。毛の軸に沿って濃淡を測った[21]
- 6項目:白髪との関係が調べられ、結果がまちまちだった項目。骨量の低下、難聴、喫煙、肥満、脂質の異常、心血管の病気[8]
- 6種:白髪に色が戻った例として総説が挙げる要因。抗体薬、チロシンキナーゼ阻害薬、免疫調整薬、その他の薬、小さな傷、腫瘍[6]
- 4つ:色素の合成を高めるとされる植物由来成分の例。人での効き目を調べるのはこれから[3]
- 0:2023年の総説の時点で、毛染めのほかに有効とされた対策の数[6]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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