血液型と性格の関係は日米1万人超の調査で否定された。説明できる割合は0.3%未満である。それでも差が出た日本の研究の読み方、中国やイランにもあった血液型の気質論、集団で思い出すと誤りに気づきにくくなる実験、A型行動の紛らわしさまで、数字で確かめる。
0.3%。血液型で説明できる性格の違いは、これに届かない。日本とアメリカの1万人を超える調査データを解析し直した2014年の論文が出した数字である[8]。
答えを先に書く。血液型と性格の関係は、大規模調査で否定された。68の質問項目のうち65項目で血液型による有意な差はなく、論文は血液型と性格は無関係だと結論している[8]。性格の違いを100とすれば、残りの99.7以上は血液型の外にある。
面白いのはここからで、否定の数字が出ても「何型?」という会話は消えていない。しかも「日本だけの迷信」という定番の説明も半分しか当たらない。共和国期の中国でも、血液型の気質論は通俗科学として広まっていた[1]。そして、集団で思い出すと誤りに気づきにくくなるという実験がある[6]。食事との関係は『血液型ダイエットに根拠はあるか B型と糖尿病を結んだ論文が勧めたのは型別の献立ではなかった』に譲り、ここでは性格だけを扱う。

1万人を調べて、68項目中65項目に差がなかった
使われたのは、2000年以降に大規模な無作為抽出で集められた調査データだ。2004年の日本(2,878〜2,938人)、2005年の日本(3,618〜3,692人)、2004年のアメリカ(3,037〜3,092人)の3組で、人数に幅があるのは項目ごとに回答者数が違うためと読める[8]。
無作為抽出という点が効いている。血液型の話が好きな人だけが集まったアンケートではない。大きな調査では、ごく小さな差でも統計的に有意になりやすい。だからこの論文は、有意かどうかだけでなく差の大きさを示す効果量を計算した。3組とも.003未満で、日本の2組とアメリカの1組のどれを見ても結論は同じである[8]。ここから「血液型は性格の全体のばらつきの0.3%未満しか説明しない」という一文が出てくる。
65項目で差が出なかったということは、3項目では差が出たということでもある。ただ、その3項目を拾って「やはり関係がある」と言うには、効果量があまりに小さい。日本のデータが2組入っているので、「アメリカ人には当てはまらないだけ」という逃げ道もふさがれている。
新歓の飲み会で「何型?」と聞かれ、B型と答えた瞬間に相手の顔が「ああ」となる。あの「ああ」の中身を統計にすると、0.3%未満である。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
差が出た研究もある。ただし粘り強さの話で、わずかに
反対の結果も読んでおく。2015年の日本の研究は、健康な日本人1,427人の血液型を遺伝子の型で判定し、気質と性格の検査と突き合わせた。年齢と性別の影響を除いて比べると、遺伝子型でも4つの血液型でも有意な差があり、効いていたのは「粘り強さ」の項目だった[5]。
血液型を遺伝子の検査で決めた点は、たしかに丁寧だ。出発点には、ドーパミンの代謝に関わる酵素の遺伝子が血液型の遺伝子と連鎖しているという仮説がある[5]。
では、血液型占いの答え合わせになるのか。ならない。差の大きさは部分イータ二乗で0.006〜0.010、説明できる割合にして1%前後以下である[5]。しかも遺伝子型で見たときの0.010が、血液型の4分類で見ると0.006に小さくなる[5]。占いで使う4分類のほうが、かえって弱い。著者ら自身が、結果は予備的なもので慎重に解釈すべきであり、関連は比較的弱い可能性があると書いている[5]。論文の冒頭には、血液型と性格の関係に科学的な合意は無いという一文まである[5]。「きちょうめん」「おおらか」の一覧表の裏付けとして引ける論文ではない。

A型行動パターンは、A型の話ではない
ここで少し混乱する話を一つ。心臓病の研究には「A型行動」という、血液の型とは別物の行動の型がある。1991年の論文は、若くして初めて心筋梗塞を起こした男性を調べ、O型の人のほうがA型の人よりA型行動の得点が有意に高かったと報告した[14]。B型の人はいくつかの尺度でA型とO型の中間だった[14]。A型行動の得点が高いのはO型。声に出して読むと、よく分からなくなる。
同じ1991年の中国の研究は、ABO式の血液型とA型行動のあいだに有意な相関を見いださなかった[16]。さらにイランの2023年の横断研究は、輸血機関を訪れた18〜60歳の308人を調べ、伝統医学の体質分類でAB型はO型より「冷」の体質である見込みが高い(オッズ比2.88、95%信頼区間1.16〜7.15)、A型は「乾」の体質である見込みが54%低い(オッズ比0.46)と報告している[3]。Rh式の血液型とは関連が無く、著者らは交絡を統制した研究がさらに要ると書く[3]。小さな研究を並べると、血液型は何とでも少しずつ関係して見える。だから大きな調査の数字が要る。
ABOではなくRhと寄生虫、という変わった話
血液型が性格の研究に顔を出す例をもう一つ。ただし主役はABO式ではない。トキソプラズマという寄生虫の感染と性格の関係を調べる研究では、Rh式の血液型で結果が変わると報告されている。502人の兵士に性格と知能の検査を行った研究では、感染に伴う差はいつもRhマイナスの人のほうがRhプラスの人より大きかった[11]。論文の題名そのものが、差はRh式によるものでABO式によるものではないと告げている[11]。
A型だから、B型だから、という話とはまるで別物である。しかもこれは感染と血液型の組み合わせの話で、血液型だけで性格が決まると言っているわけではない。血液型の研究を読むときは、どの血液型の、何との組み合わせの話なのかを確かめないと、すぐに道に迷う。
「日本だけ」は半分だけ正しい
日本で広く信じられていることは、論文の書き出しにも出てくる[8]。「血液型で人を分ける」話が通俗的な心理学の書き手によって広まったのは1970年代の初めからだ[13]。海外では1920年代に血液型と病気の研究が始まり、1960年代に一部の心理学者の目に留まった。しかしこの歴史研究は、日本の血液型分類と海外の研究のあいだに関係は無いと考えられるとする[13]。つまり日本の流行は輸入品というより自家製である。
一方で、気質の話は日本の専売でもない。1918〜1948年の中国では、血液型は病院で輸血に役立つ一方、血液型の気質論が通俗科学として流通し、人相見や占いと響き合っていた[1]。中国の研究者は血液型の分布を調べ、はじめは中国人と西洋人を比べ、のちに国内の地域や民族の違いを調べて、混ざり合いを軸にした国の物語を組み立てていった[1]。先のイランの研究でも、血液型は伝統医学の体質と結びつけて調べられている[3]。血液を調べる技術が届くと、人はそれで人を分けたくなるらしい。
では日本の特徴は何か。文化人類学の論文は、日本の国籍が血統主義に基づき、本当の日本人らしさは血で決まるという暗黙の了解があると指摘する[10]。血液型が占い、縁結び、性格分析として根強い背景に、「日本人の血」をめぐる百年以上の語りがあるという[10]。かわいさの産業、優生学、献血、国民意識までが同じ話の中に並ぶ[10]。血液型を語るときの「血」は、検査値より少し重い。
時系列にも可笑しみがある。1977年の論文は、血液型をめぐる医学の神話を列挙し、気質との結びつきもその一つに数えた[19]。日本で流行が始まって数年の頃に、血液型の記号の体系まで論じる著者が、すでに神話の棚に載せていたことになる。もっとも、この論文の結びは他人の記号法を批判し、自分の命名法の利点を説くものだった[19]。研究者にもこだわりの型はある。
数字で読む血液型と性格
- 0.3%未満:血液型が説明する性格のばらつきの割合。日米の大規模調査から[8]
- 65/68:血液型で有意な差がなかった項目の数[8]
- 0.006〜0.010:日本の1,427人の研究で粘り強さに出た差の大きさ。著者らは予備的と書く[5]
- 2.88倍:イランの308人で、AB型が伝統医学の「冷」の体質である見込み。O型との比較[3]
- 159人と132人:血液型の思い込みと集団の記憶を調べた2つの実験の参加者[6]
- 1977年:血液型と気質の結びつきが「誤った信念」の棚に載った論文の年[19]
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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