間食しない方がいいと決めた日に、お菓子ばかり気になる。禁止すれば必ず反動が出るのか。食品を前にして我慢した女性の試験と、食べ物を考えない実験を比べ、思考の頻度、食べたい気持ち、実際の摂取量を分けて読む。注意を切り替える工夫と、表示の言葉に頼りすぎない選び方も考える。
「食べない」と決めたお菓子の包み紙が、さっきから気になる。午後の資料を読んでいるのに、もらったクッキーのことが頭に戻ってくる。口は動かしていないのに、頭の中では何度も袋を開けている。間食を控える決意と、食べ物を考える時間は、別々に動くのだろうか。
禁止の後に食べる量が増えることと、抑えた思考が戻ることは、別の結果だ。好きな間食を目の前にしながら食べないよう指示された女性の試験では、その後の摂取量が増えた。一方、食べ物を考えないようにした別の実験では、終了後に思考が元の頻度を超えて増える反跳は起きなかった。食べる行動の禁止と、考えを抑える指示は、区別して読む必要がある。[3][6]
空腹と写真への反応の違いは、既存記事「ダイエットで空腹に慣れても写真で食べたくなる?胃の感覚と欲求の違いを読む」に譲る。ここで扱うのは、間食の良し悪し全般ではなく、「食べてはいけない」「考えてはいけない」という自分への指示を、何によって評価するかである。

食べないことと、考えないことは別の課題だ
食品を口にしなかったかどうかは、行動の結果である。食品が頭に浮かんだかどうかは、思考の出来事だ。さらに「今すぐ食べたい」という欲求がある。これらをまとめて我慢の成功と呼ぶと、研究で実際に変わったものが見えなくなる。思考の頻度と欲求を別々に調べた実験では、食品についての思考が減っても、欲求に対する介入効果は認められなかった。[6]
たとえば作業中にクッキーを思い出しても、そのまま仕事に戻ることはある。逆に、思い浮かべていた時間は短くても、休憩に入ったら食べることがあるだろう。これは日常を観察するための例であり、思考の回数から食べる量を換算する方法ではない。研究を読むときも、頭に浮かぶこと、欲しくなること、実際に食べることのどこを測ったかに目を向けたい。[3][6]
注意とは、ここでは何に意識を向けているかという意味で使う。「お菓子が目に付く」という生活の表現には、視界に入ることも、頭から離れないことも含まれる。しかし、食品に関する思考を尋ねた実験の結果を、そのまま目の動きや視線の偏りの証拠にはできない。食品について何度考えたかを測ることと、どこを見たかを測ることは違う。[6]
大切なのは、気になった自分をすぐに失敗扱いしないことである。実験で使われた判定軸に合わせるなら、「考えたか」「食べたいか」「食べたか」を別々の問いにするほうが筋が通る。考えが戻っただけで禁止が破れたと判定する必要はない。思考が介入前の頻度に戻ることと、介入前を上回る反跳も、同じ現象ではない。[6]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
好きなお菓子を前にした禁止では、摂取量が増えた
食品の禁止を直接扱ったのが、女性68人を対象とする無作為割り付けの試験である。参加者は、好きな間食に接しながら24時間食べないよう指示される群と、特別な指示のない対照群に分けられた。その後は、対象の食品を自由に食べられる状況に置かれた。禁止しながら食品に接した後には、間食の摂取量が増えたと報告されている。食品に接しながら24時間禁止する条件は、食べる行動の制御を失う危険を調べた実験であり、自宅で再現してはいけない。とくに、食事を強く抑えながら抑えが外れやすい人への危険が示されている。[3]
この試験の場面は、単に家にお菓子を置かなかった日とは違う。好きなものに接することと、それを食べない指示が組み合わされている。「食べない」という言葉だけを切り出し、言葉そのものが摂取量を増やしたと断定する読み方は避けたい。試験が示すのは、食品への接触を伴う禁止が、後で食べる場面に逆効果となりうるということである。[3]
研究では、質問票を使って食事を抑えようとする傾向と、抑えが外れやすい傾向も分けている。前者は、食べるのを意識的に控えようとする度合いだ。後者の脱抑制とは、食べることへの抑えが外れる傾向を指す。食事を抑える傾向も脱抑制も高い群が21人、抑える傾向は高いが脱抑制は低い群が20人、抑える傾向が低い群が27人であった。[3]
とくに、抑える傾向と脱抑制がともに高い群では、抑えが外れる効果が大きかったとされる。反応の大きさには群による違いがあった。だから「禁止に耐えられない人は意志が弱い」という人物評価に変えてはいけない。試験が比べたのは、特定の条件に対する食行動の違いであり、人としての優劣ではない。[3]
職場でお菓子の袋を机に置き、見るたびに食べないと確認する。日常に置き換えるなら、このような場面が考えやすい。ただし研究結果は、その机を片づければ何グラム減るという保証ではない。まず見直す対象を自分の根性だけにせず、「好きな食品に接しながら禁止し続ける」という場面の組み合わせにも広げる。そのための試験と読むのが適切だ。[3]
考えを抑えた後、必ず反跳するわけではなかった
食べ物についての思考を調べた研究では、2つの実験が行われた。参加者は10分ずつの3期間に、合図に応じて考えていた内容を報告した。最初と終了後は自由に考えを巡らせ、真ん中の期間に注意の向け方を変える指示を受ける構成である。何もしない対照条件のほか、イメージに注意を向ける方法、身体の感覚をたどる方法、思考を抑える方法が比べられた。[6]
身体の感覚を順にたどる方法は、ボディスキャンと呼ばれる。食品を考えないようにする思考抑制と違い、注意を置く先が身体の感覚として用意されている。イメージを自分で思い描く場合も、誘導に沿って思い描く場合も含め、これらの条件では介入前に比べて食品についての思考の割合が減った。[6]
注目したいのは、指示が終わった後だ。ボディスキャンと思考抑制の後には、食品についての思考が介入前の頻度に戻ったが、そこを超えて増える反跳にはならなかった。「考えるなと命じれば、後で必ずもっと考える」という説明は、この実験の結果とは合わない。少なくとも、こうした短い実験の範囲では必然ではなかった。[6]
ただし、思考が減ったことを、食べたい気持ちが消えたことに置き換えるのも早い。介入による欲求への効果は認められなかった。全体としては、欲求の強さと思考の頻度には相関があったが、それでも介入の効果は別である。この結果では、思考への働きかけと欲求への働きかけを別々に評価する必要がある。[6]
ここで生活上の目標も考え直せる。お菓子を完全に頭から追い出すことを合格条件にすると、作業に戻れた時間より、ふと思い出した瞬間ばかり数えたくなる。研究にならって確かめるなら、注意を別の対象に向けている間の変化と、その後の欲求を分ける。短時間の注意の切り替えを、食欲をなくす治療や長期の体重管理法として扱わないことも必要だ。[6]
比較の基準を取り違えないために、休憩明けの場面を想像してみる。身体の感覚に注意を向けている間はお菓子をあまり考えず、終わって仕事机に戻ると再び思い出した。このとき、直前の静かな時間と比べれば増えている。しかし研究でいう反跳を判断するには、介入を始める前より増えたかを見る必要がある。直前からの増加だけで反動と呼ぶと、元の状態への復帰まで逆効果に数えてしまう。[6]
また、女性の禁止試験では、その後に食品を自由に食べられる場面を設けている。仕事中に我慢できたところだけで評価を終えず、食べられる状況に変わった後まで観察した点に意味がある。日常でも、その場で食べなかったという事実と、後でどのように食べたかは分けて振り返れる。ただし、この試験から日々の摂取量の推移や長期の体重変化まで予測することはできない。[3]
この違いを踏まえると、禁止試験と思考の実験を勝ち負けで並べる必要もなくなる。前者は食品への接触を伴う禁止の後の摂取を調べ、後者は注意への指示中と終了後の思考を調べた。対象と課題と測定した結果が違うため、片方で摂取量が増え、片方で思考の反跳がないという結果は両立する。自分が困っているのは仕事中に考え続けることなのか、食べ始めた後の制御なのか。研究を選ぶ前に、その問いを置くと読み違えにくい。[3][6]
数字で読む禁止と注意の実験
女性68人:食品に接しながら禁止する条件と、特別な指示のない条件を比較した。[3]
24時間:食品に接しながら禁止した実験の期間。摂取増加と制御を失う危険が示されており、読者は再現しない。[3]
10分ずつの3期間:介入前、注意への指示中、終了後を分けて思考を調べた。[6]
オランダ215人、スペイン382人:食品を宣伝するゲームと保護的なメッセージを調べた子どものメディア接触実験の人数であり、成人の思考抑制実験ではない。[2]
成人60人:同じ間食に異なる健康表示を付け、摂取量などを比べた単回の試験の対象者数である。[8]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
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