HIITのその場ダッシュと、助走をつけたランニングは同じ運動なのか。停止からの加速、速度が出てからの走り、自転車の出力を扱った研究から、開始条件で変わる記録の意味を読む。競技選手の結果を家庭の運動へそのまま移さず、比べる条件と続け方を考える。
公園で走り出そうとして、足を止める。ここから急に加速するのか、それともゆっくり走ってから速めるのか。部屋では、その場で脚を素早く動かす運動もある。どちらも「ダッシュ」と呼ばれるので、同じ時間だけ動けば同じ運動に見える。けれど、脚が動き始めた瞬間と、すでに前へ進んでいる瞬間を同じ出発点にはできない。
答えの芯は、助走の有無で測っている運動の局面が変わる、である。停止からの短い加速と、助走後の短い区間では、筋力トレーニングへの反応も同じではなかった。[2] 助走があれば必ず楽、止まって始めれば必ず効果が高い、という優劣ではない。
この違いを知る目的は、競技選手のスタートを部屋で再現することではない。自分の記録が伸びたとき、体力が変わったのか、入り方が変わったのかを分けて考えるためだ。後半の出力をどう保つかは既存記事「HIITのやり方は最初から全力?後半の出力を保つペース配分を研究で読む」に譲り、ここでは動き出す前後の条件に焦点を当てる。

助走ありと停止からでは、同じ距離も別の問いになる
停止した状態から走り始める測定を、ここでは停止スタートと呼ぶ。助走してから対象区間を測るのが助走スタートである。筋力トレーニングと加速の関係を調べた系統的レビューは、この違いを分けて扱った。対象は健康でけがのない、少なくとも15歳以上の参加者を含む49研究で、停止からの10mと、助走後の10mの変化を検討している。[2] 18〜39歳の女性だけを調べた比較ではなく、この読者層に同じ改善幅を当てはめることはできない。
同じ10mという表示でも、前者は動き出しを含み、後者はすでに走っているところから測り始める。[2] 玄関を出る瞬間と、駅まで歩いている途中の一区間では、時計の意味が違う。それと同じように、計測する距離の長さだけで、ダッシュの条件を言い尽くしたことにはならない。
レビューでは、停止からの10mは検討された各種の筋力トレーニングで改善していた。なかでも高い負荷で最大筋力を高める方法の効果量が大きく、ほかの方法は非常に小さいものから中程度まで幅があった。一方、助走後の加速の改善は全般に小さく、一部の例外を除いて停止からの結果より低かった。[2] 同じ筋力トレーニングでも、測る局面によって結果の見え方が変わるのである。
これは、助走スタートには筋力が要らないという意味ではない。レビューも、助走後の加速が筋力トレーニングで改善する可能性を認めているが、その程度は小さいとしている。[2] 停止からの記録を改善した方法が、速度の出た状態にも同じ大きさで働く、と読み替えないことが大切だ。
レビューに入る研究には、少なくとも週に1回の下半身の筋力トレーニングを含み、期間が4週間以上であるという条件があった。[2] したがって、ここでいう改善は、その場で試しに重りを持った直後の変化ではない。練習を継続した前後の比較と、準備運動を変えた直後の比較は、時間の尺度から違う。停止スタートという共通の言葉があっても、長期的な練習の選択と、その日の入り方の選択を同じ話にまとめない方が読みやすい。
家の中のその場ダッシュを考えるときにも、名前より測定内容を見る。このレビューが調べたのは前へ進む短距離の加速である。[2] その場で脚を動かした回数を、前進する10mのタイムと同じ指標として扱う理由はない。「その場」と「助走なし」は似た言葉でも、運動の説明としては別々に残しておきたい。
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
筋力が上がれば、どのスタートも同じだけ速くなるのか
レビューに含まれた筋力トレーニングは、軽い負荷を素早く動かす方法、中程度の負荷を素早く動かす方法、高い負荷で最大筋力を狙う方法、筋肥大を狙う方法に分けられた。比較には、最大で持ち上げられる重さに対してどれほどの負荷かという割合が使われている。[2] 「筋トレをした」というひと言の中にも、異なる刺激が含まれる。
最大筋力を狙う群の負荷は、最大で持ち上げられる重さの85〜100%という分類だった。[2] これは研究を整理するための数値であり、ダッシュを始めたい読者にその重さを勧める数字ではない。停止からの加速で良い結果があったことと、運動経験の違う人が同じ負荷を選べることは、別に考える必要がある。
さらにレビューは、もともとの筋力水準が高い競技者では、軽い負荷を素早く動かす方法、または高負荷との組み合わせが適切な場合もあるとしている。[2] 平均的に大きな変化が出た分類を、そのまま全員に配る処方箋にはできない。現在どのような運動をしている人なのかが、結果を読む入口になる。
助走を伴う走りに関しては、低容量の跳躍トレーニングを扱った試験もある。思春期の競技者29人を対象とした10週間の試験では、通常練習だけの群と、通常練習に週2回の跳躍トレーニングを加えた群を比較した。助走をつけた30m走の成績改善は、追加した群で4.22%、通常練習群で1.08%だった。[4] 対象が思春期の競技者なので、18〜39歳の女性の日常的な運動で同じ変化が得られるかは別に確かめる必要がある。
この結果は、助走のある走りも練習で変化しうることを示す。ただし、思春期の競技者が通常の練習に追加した試験であり、大人の運動初心者が室内で脚を動かした場合の変化を表す数値ではない。[4] また、レビューの助走後10mと、この試験の助走後30mは区間も違う。[2][4] どちらが上かを小数点だけで競わせると、比較の土台が抜けてしまう。
生活の運動へ持ち帰るなら、「筋力が上がったのに走りの記録は変わらない」という場面でも、すぐに失敗と決めないことだ。まず、どこから時計を動かした記録かを見る。停止からの加速と助走後の走りを分けるだけで、研究結果の読み方も、自分への評価も具体的になる。[2]
自転車では、力が増えてもタイムが変わらないことがある
走る研究だけでなく、停止からこぎ出す自転車の研究も、出力と記録を分ける手がかりになる。エリート女子トラック自転車選手8人を対象とした無作為化・条件の順序を調整した実験では、事前に行う運動を変え、停止から62.5mを走るタイム、最大出力、最大トルクを測定した。[1] トルクは、ペダルを回す方向へ働く力の指標である。対象は女性でも競技水準が高く、18〜39歳の女性一般へ同じ事前運動と効果を当てはめることはできない。
事前運動には、大きな慣性負荷を動かす方法、動きを止めて力を入れる等尺性の方法、バックスクワット、事前の刺激を加えない条件があった。動く刺激の方法では、実施4分後にタイムが有意に短縮し、最大トルクも増えた。一方、等尺性の方法では12分後に最大トルクが改善したが、タイムは有意には変わらなかった。スクワットではタイムと最大トルクの有意な改善はなかった。[1]
力に関する値が良くなったら、必ず同じように速くなるわけではない。ここで面白いのは、等尺性の結果である。最大トルクには変化があっても、走行全体のタイムには同じ判定が出なかった。[1] 筋肉に刺激が入った感覚だけで「今日は速くなったはず」と決めるのも、計測したタイムだけで「何も変化していない」と決めるのも、測ったものの違いを飛ばしている。
国際水準のスプリント自転車選手6人の別の実験でも、変化は局面ごとに異なった。標準化された準備運動のあと、大きな慣性負荷を動かす刺激や等尺性の刺激などを比較したところ、動く刺激の4分後に、最初のクランク回転の時間が3.9%短くなったと報告された。[3] 最初の回転とは、こぎ出しのごく短い部分であり、運動時間全体ではない。18〜39歳の女性一般にそのまま当てはめられるかは、この国際水準の競技者の実験だけでは判断できない。
同じ実験では、出力と回転数の関係のうち回転数が上がる側の局面で、最大トルクが6.2%、平均出力が4.0%増えたと報告された。解析には、変化が有益である可能性を評価する手法が使われている。[3] 小規模な競技者の実験として、どの局面の値が変わったのかまで読む必要がある。数字の迫力に引かれて、一般向けの準備運動の効果へ広げない。
女子選手の実験で測定したのは、事前刺激の4、8、12分後だった。[1] 国際水準の選手の別の実験では4、8、16分後が調べられた。[3] 待つ時間も実験条件の一部なのである。「準備運動あり」という大きなラベルだけでは、実際に比べられた条件が見えなくなる。
数字で読むスタート条件
49研究:停止からの10mと、助走後の10mへの筋力トレーニングの影響を整理したレビュー。[2]
29人:助走後30m走などを調べた、思春期の競技者の試験対象。[4]
8人:停止から62.5mの自転車走を比較した、エリート女子選手の実験対象。[1]
3.9%:国際水準の自転車選手で報告された、動く刺激の4分後の最初のクランク回転時間の短縮。[3]
31人:助走と計測モデルの問題を調べた、バスケットボール選手の測定対象。[7]
初日の汗は、予約した人だけが持ち帰れる。
1
2






