トレーニングは過負荷(overload)なしには成立しません。しかし過負荷が回復を上回った状態が続くと、成績は上がるどころか下がります。この現象は100年近く前から記述されてきましたが、現在に至るまで、診断を確定できる検査が存在しません。
この記事では、用語の定義、実際にどのくらいの頻度で起きているのか、そして提案されてきた多数のバイオマーカーがなぜ実用に至っていないのかを、原典の数値とともに整理します。結論を先に述べると、「持続的な成績低下」以外に、信頼できる指標は確立していません。

3つの状態を分ける定義
用語は、欧州スポーツ科学会議(ECSS)と米国スポーツ医学会(ACSM)の合同合意声明によって整理されています。
Meeusen R, Duclos M, Foster C, Fry A, Gleeson M, Nieman D, Raglin J, Rietjens G, Steinacker J, Urhausen A. Prevention, diagnosis and treatment of the overtraining syndrome: Joint consensus statement of the European College of Sport Science (ECSS) and the American College of Sports Medicine (ACSM). European Journal of Sport Science. 2013;13(1):1–24.
| 状態 | 定義 | その後 |
|---|---|---|
| 機能的オーバーリーチング(FOR) | 短期的な成績低下。重い心理的症状や持続的な悪影響を伴わない | 回復後に成績が向上する |
| 非機能的オーバーリーチング(NFOR) | 訓練と回復の均衡が十分に保たれなかった場合に生じる | 回復に長期間を要する |
| オーバートレーニング症候群(OTS) | 「長期にわたる不適応(prolonged maladaptation)」。他疾患の除外診断による | 回復に数か月から数年 |
FOR は問題ではなく、むしろ計画的に用いられる手段です。意図的に負荷を高め、その後の回復期に超回復を狙う——期分け(periodization)の基本的な考え方がこれにあたります。
問題は NFOR と OTS の区別です。合意声明は率直に書いています。「NFOR と OTS の区別は非常に難しく、臨床経過と除外診断に依存する。アスリートはしばしば同じ臨床的・ホルモン的その他の徴候を示す。」
さらに、広く信じられている前提にも留保が付されています。
「OTS の症状——疲労、成績低下、気分の障害——は NFOR より重いと一般に考えられている。しかし、この示唆を確認する、あるいは否定する科学的な証拠は存在しない。」
「連続体」という理解そのものへの疑問
FOR → NFOR → OTS という段階的な進行は、直感的で説明しやすいモデルです。しかしこの枠組み自体が検証されていないという指摘が、20年以上前から出ています。
Halson SL, Jeukendrup AE. Does Overtraining Exist? An Analysis of Overreaching and Overtraining Research. Sports Medicine. 2004;34(14):967–981.
この総説が指摘する構造的な問題は、次の点です。この領域の研究の大半は、オーバートレーニングではなくオーバーリーチングを調べている。理由は単純で、オーバーリーチングは回復に約2週間しかかからず実験的に誘発できるのに対し、OTS の回復には数か月から数年を要するため、倫理的にも実務的にも意図的に作り出せないからです。
著者らの結論は厳しいものです。
「オーバーリーチングがオーバートレーニングに先行すること、およびオーバートレーニングの症状がオーバーリーチングより重いことを示唆する証拠は、逸話的な情報を除けば現在のところ存在しない。両者が異なる規定的特徴を示す可能性は十分にあり、オーバートレーニングの連続体(continuum)は単純化しすぎかもしれない。」
この総説は2004年のものですが、2013年の合意声明が同じ留保を維持していることからも、問題が解決していないことが分かります。

どのくらいの頻度で起きているのか
発生頻度の実測は多くありません。長期の追跡データとして参照できるのは、中国の女子レスリング代表チームを対象とした研究です。
Tian Y, He Z, Zhao J, Tao D, Xu K, Earnest CP, Mc Naughton LR. An 8-year longitudinal study of overreaching in 114 elite female Chinese wrestlers. Journal of Athletic Training. 2015;50(2):217–223.
8年間にわたり、アジア大会レベルの女子レスリング選手114名を通常の訓練・競技スケジュールのなかで監視したものです。分類は ECSS の声明に従っています。
| 状態 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 機能的オーバーリーチング(FOR) | 13件 | 3.6% |
| 非機能的オーバーリーチング(NFOR) | 23件 | 6.4% |
| オーバートレーニング症候群 | 2件 | 0.6% |
エリート競技者においてすら、OTS は稀な事象です。ただしこれは「起きにくい」というより、確定診断が困難であるために計上されにくい可能性も含んでいます。
血液指標の診断性能は低い
同じ研究は、現場でよく用いられる血液指標の性能を直接評価しています。クレアチンキナーゼ(CK)、ヘモグロビン、テストステロン、コルチゾールの4つについて、正常な回復データから構築した参照区間の外に出るかどうかで判定しました。
| 指標 | FOR に対する感度 | NFOR に対する感度 | 特異度 |
|---|---|---|---|
| クレアチンキナーゼ | 38% | 29% | 79% |
| ヘモグロビン | 15% | 33% | 88% |
| テストステロン | 45% | 26% | 90% |
| コルチゾール | 18% | 35% | 82% |
感度が最も高いテストステロンでも45%です。さらに事後解析では、オーバーリーチングと診断された期間とされなかった期間のあいだで、4指標のいずれにも平均値の差がありませんでした(CK: F = 0.5, P = .47/ヘモグロビン: F = 3.8, P = .052/テストステロン: F = 0.2, P = .62/コルチゾール: F = 0.04, P = .85)。
著者らの結論は明快です。「コーチとスポーツ科学者は、エリート女子レスリング選手においてオーバーリーチングの指標として単一の血液変数を用いるべきではない。」
安静時の値ではなく、負荷に対する反応
単一の安静時採血が役に立たないなら、別の測り方はあるのか。ホルモンに絞った系統的レビューがこの問いに答えています。
Cadegiani FA, Kater CE. Hormonal aspects of overtraining syndrome: a systematic review. BMC Sports Science, Medicine and Rehabilitation. 2017;9:14.
38研究を統合した結果は次のとおりでした。
- 安静時のホルモン値は、OTS/FOR/NFOR のアスリートと健常アスリートとで、ほとんどが正常範囲で差がなかった
- これに対し、刺激試験(主に最大運動負荷条件下)では、成長ホルモン(GH)と副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の反応が鈍化していた
- コルチゾールと血漿カテコールアミンは、研究間で相反する所見だった
結論は「安静時のホルモン値は良い予測因子ではないが、刺激試験に対する ACTH と GH の反応の鈍化は良い予測因子となりうる」というものです。測るべきは値ではなく応答性だった、という構図です。
この方向を発展させた研究もあります。2回の運動負荷試験を連続して行う TOP テスト(Training Optimization test)を用い、ホルモンと心理指標を組み合わせた判別分析を行ったところ、NFOR と OTS の鑑別において98%の感度が得られたと報告されています(Buyse ら, 2019, Medicine & Science in Sports & Exercise、n = 100)。第2回の負荷に対する ACTH とプロラクチンの反応、および疲労感が最も判別に寄与しました。ただしこれは1つの研究室のプロトコルであり、独立した再現が必要です。

非侵襲的な指標では何が使えるか
採血や刺激試験は現場で日常的に行えません。非侵襲的な指標に絞った系統的レビューがあります。
Roete AJ, Elferink-Gemser MT, Otter RTA, Stoter IK, Lamberts RP. A Systematic Review on Markers of Functional Overreaching in Endurance Athletes. International Journal of Sports Physiology and Performance. 2021;16(8):1065–1073.
380本をスクリーニングして12本を採用した結果、FOR を反映できた指標とできなかった指標がはっきり分かれました。
| 反映できた | 反映できなかった |
|---|---|
| パワー出力(最大・平均) | 最大酸素摂取量 |
| 心拍(最大下・最大・回復) | 心拍変動(HRV)の各指標 |
| 主観的運動強度(RPE) | |
| DALDA(生活要求の分析) | |
| POMS(気分プロフィール) |
具体的な現れ方も整理されています。最大負荷試験では最大パワー出力の低下と最高心拍の低下、タイムトライアルでは平均パワーと心拍の低下。標準化した最大下負荷試験では、一定心拍における出力の上昇、あるいは一定強度における心拍の低下、RPE の上昇、心拍回復の加速が見られました。
ここで注意が必要なのは、最大下での「心拍が下がる」「心拍回復が速くなる」は、通常なら良い適応の徴候とされる点です。同じ所見が、文脈によって逆の意味を持ちます。
また、POMS は FOR を反映しはしたものの、急性の疲労と区別できませんでした。著者らはこの点をもって、POMS は FOR の正確な監視には適さないとしています。心拍変動(HRV)についても、後続の系統的レビューが「自律神経の不適応の鋭敏な先行指標ではあるが、OTS の単独の診断ツールとして用いるべきではない」と整理しています(Jaklik ら, 2026, Quality in Sport、14研究)。
筋力系ではさらに検証が乏しい
ここまでは持久系の話です。レジスタンストレーニングについては、証拠がさらに薄いことが示されています。
Grandou C, Wallace L, Impellizzeri FM, Allen NG, Coutts AJ. Overtraining in Resistance Exercise: An Exploratory Systematic Review and Methodological Appraisal of the Literature. Sports Medicine. 2020;50(4):815–828.
健常者にレジスタンス運動でオーバーリーチング/オーバートレーニングを誘発しようとした22研究が対象です。内訳は、成績が低下し追跡測定も行ったもの8研究、成績は低下したが追跡測定を行わなかったもの4研究、成績が低下しなかったもの10研究でした。
著者らの結論はこうです。「持続的な成績低下以外に、レジスタンス運動におけるオーバートレーニングの信頼できる指標として確立されたマーカーは存在しない。」方法論(追跡測定の有無)と診断基準の標準化の欠如が、一貫した判定を妨げているとされています。
別の範囲確認レビューも「今回の対象となった研究に基づく限り、筋力系競技やレジスタンストレーニングにおいて真の OTS が生じたことを示す証拠はごく少ない」と述べています(Bell ら, 2020, Journal of Sports Sciences、47研究)。
診断は、いまも除外診断である
Carrard J, Rigort AC, Appenzeller-Herzog C, Colledge F, Königstein K, Hinrichs T, Schmidt-Trucksäss A. Diagnosing Overtraining Syndrome: A Scoping Review. Sports Health. 2022;14(5):665–673.
5,561件の検索結果から適格基準を満たした39件を対象とした範囲確認レビューです。冒頭の一文が現状を要約しています。「診断のゴールドスタンダード検査が存在しないため、OTS は除外診断のままである。」
提案されてきた候補は多岐にわたります——基礎的なホルモン・神経伝達物質・代謝産物の値、刺激に対するホルモン応答、心理質問紙、運動負荷試験、心拍変動、脳波、免疫・酸化還元の指標、筋の構造、体組成。3つの診断スコア(EROS-CLINICAL、EROS-SIMPLIFIED、EROS-COMPLETE)も同定されています。
著者らの整理は「OTS の多系統的な性質を反映して、これらの変数の組み合わせが必要かもしれない。ただし、これらのスコアはより大きな標本で、そして女性アスリートにおいて、これから検証されなければならない」というものです。
回復の過程も一様ではない
OTS からの回復そのものを追跡した研究は、さらに少なくなります。
OTS と診断されたアスリート12名に対し、摂取エネルギーの増加、訓練の一時的中断、睡眠の質の改善、ストレス管理を含む12週間の介入を行い、50項目を評価した研究があります(Cadegiani & Kater, 2021, International Journal of Sports Physiology and Performance)。
結果は、複数のホルモン指標(コルチゾール初期反応、ACTH後期反応、GH反応、テストステロン、テストステロン/エストラジオール比、IGF-1、コルチゾール覚醒反応)が改善する一方、体組成と代謝の指標は有意な改善に至らない、という混合的なものでした。著者らの結論は「回復しない・部分的に回復する・完全に回復するという反応が混在し、OTS の寛解はその発生と同じくらい複雑であることが示された」です。
いま言えること
- FOR は問題ではない。短期的な成績低下の後に向上が続くもので、計画的に用いられる
- NFOR と OTS の区別は臨床経過と除外診断に依存する。両者の症状の重さに差があるという前提を支持する科学的証拠はない
- FOR → NFOR → OTS という連続体モデル自体が検証されていない。単純化しすぎである可能性が指摘されている
- 単一の血液指標は使えない。8年・114名の追跡で、CK・ヘモグロビン・テストステロン・コルチゾールの感度は15〜45%にとどまり、診断期間との平均差もなかった
- 安静時の値より、負荷に対する応答性。刺激試験での ACTH と GH の反応鈍化が予測因子となりうる
- 非侵襲的にはパワー出力・心拍・RPE・DALDA が使え、VO2max と HRV は FOR を反映しなかった
- 持続的な成績低下以外に、確立した指標は存在しない
この整理から導かれる実務上の含意は、逆説的です。診断を確定する検査がない以上、実際に頼れるのは、成績と主観的な疲労感の記録を、負荷の記録と並べて時系列で見ることだけになります。単一の検査値や単一の装置に判断を委ねられる段階には、この領域はまだ到達していません。
出典
- Meeusen R, Duclos M, Foster C, Fry A, Gleeson M, Nieman D, Raglin J, Rietjens G, Steinacker J, Urhausen A. Prevention, diagnosis and treatment of the overtraining syndrome: Joint consensus statement of the European College of Sport Science (ECSS) and the American College of Sports Medicine (ACSM). European Journal of Sport Science. 2013;13(1):1–24.
- Halson SL, Jeukendrup AE. Does Overtraining Exist? An Analysis of Overreaching and Overtraining Research. Sports Medicine. 2004;34(14):967–981.
- Tian Y, He Z, Zhao J, Tao D, Xu K, Earnest CP, Mc Naughton LR. An 8-year longitudinal study of overreaching in 114 elite female Chinese wrestlers. Journal of Athletic Training. 2015;50(2):217–223.
- Cadegiani FA, Kater CE. Hormonal aspects of overtraining syndrome: a systematic review. BMC Sports Science, Medicine and Rehabilitation. 2017;9:14.
- Buyse L, Decroix L, Timmermans N, Barbé K, Verrelst R, Meeusen R. Improving the Diagnosis of Nonfunctional Overreaching and Overtraining Syndrome. Medicine & Science in Sports & Exercise. 2019;51(12):2524–2530.
- Roete AJ, Elferink-Gemser MT, Otter RTA, Stoter IK, Lamberts RP. A Systematic Review on Markers of Functional Overreaching in Endurance Athletes. International Journal of Sports Physiology and Performance. 2021;16(8):1065–1073.
- Grandou C, Wallace L, Impellizzeri FM, Allen NG, Coutts AJ. Overtraining in Resistance Exercise: An Exploratory Systematic Review and Methodological Appraisal of the Literature. Sports Medicine. 2020;50(4):815–828.
- Bell L, Ruddock A, Maden-Wilkinson T, Rogerson D. Overreaching and overtraining in strength sports and resistance training: A scoping review. Journal of Sports Sciences. 2020;38(16):1897–1912.
- Carrard J, Rigort AC, Appenzeller-Herzog C, Colledge F, Königstein K, Hinrichs T, Schmidt-Trucksäss A. Diagnosing Overtraining Syndrome: A Scoping Review. Sports Health. 2022;14(5):665–673.
- Cadegiani FA, Kater CE. Novel Markers of Recovery From Overtraining Syndrome: The EROS-LONGITUDINAL Study. International Journal of Sports Physiology and Performance. 2021;16(8):1175–1184.
- Jaklik D, et al. Heart Rate Variability (HRV) as a Marker for Overtraining Syndrome Prevention in Endurance Athletes: A Systematic Review. Quality in Sport. 2026;52:69422.
この記事は公表された研究の要約であり、診断や治療の助言ではありません。持続する疲労、成績低下、気分の落ち込みがある場合は、運動による不適応以外の原因(貧血、甲状腺機能異常、感染症、うつ病など)が隠れていることがあります。医療機関にご相談ください。






