ランニング初心者の疲れは残り距離で変わる?終点を知る日と知らない日を読む

ランニング初心者がすぐ疲れると感じるとき、体力だけでなく「どこまで走る予定か」にも目を向けたい。終点を知らせた実験を軸に、速度、主観的なきつさ、注意の向き先を分けて読む。走れた時間と決まった距離の記録の違いも確かめ、終わりを決めて走る日の記録方法を考える。

「次の角まで」と思って走っていたら、同行者が「もう少し先まで」と言った。脚の動きは続いているのに、予定が延びたことに気持ちが追いつかない。ランニングを始めたばかりの朝には、距離そのものと、残りが読めないことが同じ「疲れた」に収まってしまう。

終点を知ることは、走り方に関係する。男女の走者を対象にした比較実験では、終点が分かる条件で速く走り、体の感覚や動きに注意を向ける考えが増えた。終点の情報は、力を出す配分と一緒に読む必要がある。18〜39歳の女性初心者に同じ変化が起きるかは、別に確かめる必要がある。[2]

既存記事「ランニング初心者の歩く休憩は何のため?同じ距離でも疲れと回復は別に読む」には、歩く休憩の役割を譲る。既存記事「ランニング初心者の歩幅は疲れるとばらつく?平均だけでは見えない足運びの変化」では、疲れたときの足運びを扱う。ここで考えるのは、走る予定の終わりを知るかどうかである。初心者の痛みの原因を判定する話でも、残り距離さえ分かれば走り切れるという話でもない。

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終点を知る実験では、同じ距離でも速さが違った

終点の情報を調べた研究には、走る距離を変える比較とは別の工夫がある。Hansonらの実験では、男性と女性それぞれ11人、計22人の走者が、終点を知らずに走る条件と、終点を知って同じ距離を走る条件に参加した。走行中の主観的運動強度、感情、心拍数、注意の向き先が調べられた。男女を合わせた走者の結果を、18〜39歳の女性初心者にそのまま当てはめるには慎重さが要る。[2]

主観的運動強度とは、自分が運動をどれほどきついと感じているかの評価である。この実験では、終点を知る条件のほうが速く走った。したがって、終点を知らせることは、単に安心感を与えるだけの操作ではなく、実際に選ばれる走行速度にも関係したと読める。[2]

比較するときには、終点の情報を知らなかったという経験と、予定した距離を短くしたという経験を分ける必要がある。たとえば同行者にコースを任せて走る場合、自分は道順も終点も知らないかもしれない。一方、自分で折り返す場所を決めたなら、同じ道でも予定を把握している。研究の条件に近い違いを探すなら、走った後の距離だけでなく、出発時に何を知っていたかを思い出すことになる。[2]

「今日は先が読めなかった」と書くことは、走れなかった言い訳を探す作業ではない。終点を知る条件で速さが変わった実験のように、結果を読むための条件を書き添える作業である。靴を履いた時点の予定と、走り終わった後の実績を別にしておくと、途中でコースを延ばした日も見失いにくい。[2]

ここで「同じ距離」を見落としたくない。長いコースと短いコースを比べて、短いほうが速かったという結果ではない。実際に走る距離をそろえたうえで、終わりについて持っている情報が異なった比較である。走った量だけを記録していたら、条件の大切な違いが消える。[2]

ただし、対象は走者であり、運動を始めたばかりの人だけを集めた研究ではない。この結果から、初心者も同じ程度に速くなる、終点を決めれば疲労が消える、とまでは広げられない。初心者の生活に持ち帰れる問いは、「今日の走りには、分かる終わりがあったか」である。[2]

たとえば家を出てから気分で曲がる道を選んだ日と、出発前に折り返す場所を決めた日では、同じ散歩道でも予定の持ち方が違う。これは実験の再現ではなく、実験で変えた条件を日常の言葉に置き換える例である。距離の記録に加えて、終点を決めていたかも書けば、自分の走りを比べるときの前提が見える。

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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「速く走れた」と「楽に走れた」は同じ結論ではない

終点が分かった条件で速く走ったという結果を、「同じ速度なら必ず楽になる」と読み替えることはできない。自分でペースを選ぶ実験では、情報の違いと速度の違いが一緒に現れている。速さを固定したときの体験を考えるには、その問いに合った比較が必要である。[2]

初心者の「すぐ疲れる」には、走っているときのきつさと、予定より早くやめたという評価が混ざりやすい。「楽だったか」と「どこまで走れたか」は、記録では別の欄にしたい。どちらも本人にとって大事だが、片方の変化をもう片方の証拠にすると、何が変わったかが分からなくなる。

実際、別の運動実験でも、出来栄えの変化と主観的なきつさの変化はそろっていない。現在または過去に競技経験のあるバスケットボール選手24人が参加した反復ジャンプの研究では、好きな音楽を流す条件でジャンプ高や感情の評価が改善した一方、主観的運動強度には有意な影響がなかった。競技経験者のジャンプの結果であり、18〜39歳の女性初心者の走行へそのまま適用できるかは別の問いとなる。[1]

ジャンプの実験で知らせた終点にも種類がある。参加者が何回跳ぶかを知る条件と、どれだけの時間運動するかを知る条件は、終点を知らない条件と比較された。回数と時間は、どちらも終わりを示す情報だが、まったく同じ手がかりではない。研究はそれらを区別し、さらに音楽の有無を組み合わせていた。[1]

この設計を日常の記録に置き換えるなら、「終わりを決めた」とだけ書かず、場所で決めたのか、時間で決めたのかを添える方法がある。ただし、このジャンプ研究から、初心者は時間より距離で決めるべきだという順番は導けない。研究の工夫を記録の参考にすることと、運動メニューの優劣を決めることは別の作業となる。[1]

これは走る実験ではなく、音楽が初心者のランニングを楽にする証拠としては使えない。それでも、運動の成果、感情、きつさを別々に測る意味は分かる。高く跳べたことと、きつくなくなったことは、測定上も別の結果だったからである。[1]

朝の記録に「今日はよく走れた」とだけ残すと、その言葉には複数の中身が入る。速く進めたのか、予定を終えたのか、気分がよかったのか。帰宅後の自分が読んでも区別できるように、出来事を具体的に書くほうがよい。感想を消す必要はない。感想と走行の記録に、それぞれの席を用意する。

残りを知ると、注意が体に向く場合もある

終点が分かれば、体のきつさを忘れられる。そう考えたくなるが、走者22人の実験は違う面を示している。終点を知る条件では、体の状態や走る動作に関連する考えが多く報告された。注意の向き先には条件間の差があり、終点を知る条件では主観的運動強度が上がるにつれて、運動に関連する注意の使い方が増えていた。[2]

体力との関係も調べられている。終点を知る条件では、心肺体力が注意の向き先を予測する要因であり、体力の高い人ほど、全体として運動に関連する注意の使い方が多かった。これは注意を体に向ければ体力が高くなるという因果関係ではない。実験中に見られた関係である。[2]

残り距離を知ることと、景色に気をそらすことは、同じ操作ではない。終わりを知ったうえで、脚の動きや呼吸に注意を向けながら速さを選ぶ走りもある。終点の情報を「考えないための道具」とだけ説明すると、この研究で実際に報告された注意の変化を取りこぼす。[2]

立川駅北口を出て、いつもの道を走る場面を考える。「あの交差点で終える」と決めた日でも、景色を楽しむ人と、残りを確かめながら進む人がいるだろう。その違いを、どちらが正しい走りかの判定にする必要はない。記録に使うなら、何を考えていたかを本人の言葉で残すだけで足りる。

「脚が重いと感じながら終点を確認していた」と「仕事の段取りを考えていた」は、同じ距離の記録にも添えられる。注意をどこへ向けるかを自分に命令するより、まず起きていたことを書いてみる。研究が測った項目を手がかりにするのであって、研究参加者の考え方をそのまままねる必要はない。

走った後に地図を見て距離が分かった日も、出発前から終点を知っていた日とは分けておきたい。結果として知った距離と、走行中に使えた情報は異なる。終点の実験を生活に照らすときの、見落としやすい違いである。[2]

数字で読む終点と運動の実験

22人:終点を知る条件と知らない条件で、同じ距離を走った走者の人数だ。[2]

11人ずつ:そのランニング実験に参加した男性と女性の人数である。[2]

24人:終点の情報と好きな音楽を組み合わせて、反復ジャンプを調べた選手の人数を示す。[1]

32人:暑い環境での走行能力と心理的反応を調べた、大学生の無作為化比較試験の人数である。[7]

15.4%:その試験で、マインドフルネス群に報告された介入前後の走行成績の改善である。初心者全員に期待できる改善率ではない。[7]

疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。

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宮川涼 Founder

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