あくびで目が濡れるのは、悲しいからとは限らない。健康な人のあくびで出る液は反射涙として採取され、洗い流しの実験では主涙腺の分泌に合う成分が残った。左右と日の揺れ、紙と管で5倍から10倍変わる数字、朝と夜で成分が変わる記録を、42人の実験から分けて読む。
会議の議事録を閉じたところで、あくびが出た。下まぶたが濡れる。泣きたくなる議題はなかったのに、目元だけが会議を惜しんでいるように見える。悲しくないのに、なぜ涙が出るのか。
その一滴を、隠れた悲しみの証拠にするのは早い。健康な人にあくびをしてもらい、出てきた液を反射涙として集める。あくびに伴う涙は、感情を伴わずに出る反射涙として扱われている[4][5][7]。気持ちの採点ではなく、液の採取だ。
「有酸素運動であくびが出るのは眠いから?体温と覚醒の仮説を分けて研究で読む」は、運動中のあくびを体温と覚醒から見ている。運動の話はあちらに譲る。音がこもる仕組みは「あくびで音が聞こえにくくなるのはなぜ?耳の圧力と筋肉が働く一瞬の仕組み」に譲る。感情の涙と刺激の涙で中身が違うかは「涙は悲しいときと刺激で出るときで違う?感情の涙の成分を調べた実験を読む」に譲る。ここでは、あくびで集めた液の測り方と数字に限る。

悲しみがなくても、研究室はあくびで液を取っている
反射涙は、刺激や行為に応じて出てくる液の呼び方である。基礎涙は、ふだん目の表面を薄く覆う液を指す。あくびで集めるのは、前者の側だ[4][7]。論文が書いている採取は、健康な被験者にあくびをしてもらい、出てきた液を集める、というものだ。会議のあとで濡れたまぶたも、この呼び方の側に置ける。
2004年の実験では、同じ目からあくびの反射涙を5回続けて取った。対象は42人。最初の1回のアスコルビン酸(抗酸化物質の一つ)は17.3±8.9マイクロモル毎リットルで、続く4回の平均21.4マイクロモル毎リットルより、わずかだが有意に低かった。Pは0.0001未満。この高低は、42人の全員に見られた[4]。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
洗ったあとも残るのは、主涙腺の分泌に合う
この実験の見立ては、二つに分かれていた。アスコルビン酸が角膜から漏れ出ているなら、目を洗い続ければ薄まる。主涙腺(涙を分泌する主な腺)から出ているなら、洗っても濃度は大きく崩れない。著者たちが置いた仮説は、この対比である[4]。
42人のうち36人では、調べた目を生理食塩水10ミリリットルで洗い、直後に6回目を取った。洗う前の平均は22.5±10.9マイクロモル毎リットル、洗ったあとは17.3±5.8マイクロモル毎リットル。著者たちは、この二つを「よく似ている」と書いている[4]。数字の見た目は数マイクロモル毎リットル動いている。それでも彼らの結論は、薄めて消える漏れ、ではない。
結論の文は、健康な目では角膜が供給源だという見方を支持しない、というものだ。新鮮な反射涙にアスコルビン酸はあり、それは主涙腺の分泌に含まれる。基礎涙では、この抗酸化物質が減っている、とも結果は示す[4]。著者たちは、涙のアスコルビン酸を測ることが、角膜への抗酸化物質の供給と、角膜の保護を知る手がかりになり得る、と書いている[4]。会議のあとに光る一滴は、少なくともこの実験の枠では、腺から出たばかりの液を含み得る。まばたきだけで残る薄い液と、あくびでどっと出る液は、同じ物質の残り方が違う、とこの42人の結果は分けた。

左右は似て、同じ人の別の日は大きく動くことがある
2003年の研究は、測り方を二つ並べた。香港の健康な成人32人から、あくびの反射涙を取っている。高速液体クロマトグラフィーでは18.5±4.4マイクロモル毎リットル。酵素の反応で色を見て測る方法では18.5±4.8マイクロモル毎リットル。二つの平均に統計上の差はなく、pは0.943だった[5]。同じ液を、別の物差しで測っても平均は揃った、という結果である。著者たちは、色で測る方法を、分離して量を測る方法の代わりに使ってよい、と結論している[5]。32人で平均が揃ったことが、その結論の土台である。
左右の目でも、有意な差はなかった。pは0.386。どちらの目から取ってもよく、必要なら両方を混ぜてよい、と著者たちは書いている[5]。片方だけ濡れた夜でも、群として見れば左右は似ている。利き目が泣いている、という読みは、この比較の結論ではない。
別の日に14人を測ると、1日目は20.0±6.2、2日目は19.3±6.8マイクロモル毎リットル。全体としては有意な日差がない。pは0.772。ただし14人中7人では、日による揺れが大きかった[5]。著者たちは、この個人の揺れはさらに調べる必要があるとし、角膜の前にある涙の層での供給と需要の差に関係するかもしれない、と書いている[5]。平均が静かなときでも、一人の中は動く。昨日と今日の潤みを、同じ通信簿の点としては扱えない。
2000年の研究は、総たんぱく質と、主なたんぱく質の分画を3日追った。日による差は、あくびで取る方法でも、目を洗う方法でも、統計上は有意でなかった[6]。それでも振れ幅は、臨床で意味を持つほど大きいものがあった。血清アルブミンは、あくび法で最大61パーセント、目を洗う方法で最大113パーセント。ラクトフェリン、涙に特異なプレアルブミン、リゾチームは、あくび法では揺れが比較的小さかった。目を洗う方法の揺れは、全体としてあくび法より大きい[6]。
数字で読むあくびの涙
42人では、最初のあくび涙のアスコルビン酸が17.3±8.9マイクロモル毎リットル、続く4回の平均が21.4マイクロモル毎リットル。最初のほうがわずかだが有意に低く、高低は全員に見られた。Pは0.0001未満である[4]。
洗い流しは36人。生理食塩水10ミリリットルの前が22.5±10.9、後が17.3±5.8マイクロモル毎リットル。著者たちはよく似ていると書き、健康な目の供給源を角膜だとは支持しない、と結論している[4]。
香港の健康な成人32人では、二つの測り方がどちらも平均18.5マイクロモル毎リットル(ばらつきは4.4と4.8)で、差は出なかった。pは0.943。左右の差も有意ではなく、pは0.386である[5]。
同じ14人を別の日に測ると、20.0±6.2と19.3±6.8マイクロモル毎リットル。全体の日差は有意でない(pは0.772)。14人のうち7人では、日による揺れが大きかった[5]。
3日間のたんぱく質では、日差は統計上有意でなかった。血清アルブミンの振れは、あくび法で最大61パーセント、目を洗う方法で最大113パーセントに達した[6]。
健康な12人では、システイン、アスコルビン酸、グルタチオン、チロシンが、紙で取った液において管より5倍から10倍高かった。Pは0.01未満。尿酸の差は有意ではなかった。Pは0.05より大きい[7]。
紙で拭うと、いくつかの成分は5倍から10倍になる
2001年の比較の対象は、健康な12人である。あくびの反射涙を、毛細管とシルマー紙(細長い試験紙)で同時に取った。基礎涙のほうは、局所麻酔をしたうえで、紙で採取している[7]。同じ人の同じ時期に、取り方だけを変えた比較だ。
システイン、アスコルビン酸、グルタチオン、チロシンは、紙の反射涙でも紙の基礎涙でも、管で取ったあくびの反射涙の5倍から10倍高かった。Pは0.01未満である。尿酸だけは、紙のほうがわずかに高い傾向で、統計上の差にはならなかった。Pは0.05より大きい[7]。跳ねる成分と、ほとんど動かない成分が、同じ紙の上に乗っている。
公表データが研究ごとに食い違う理由を、著者たちは採取法の差だと結論している。尿酸を除き、抗酸化物質は角膜の細胞の中に非常に高く溜まる。紙の値が跳ねるのは、細胞の中身が混ざったためである、という見方が最もありそうだ、と彼らは書く[7]。目が頑張って濃い涙を出した、という物語は、この著者たちの第一候補ではない。
中程度に高い値は益になり得る一方、著しく高い値は目の表面の損傷を示すかもしれない。これも著者たちの仮説である[7]。紙がよく濡れた夕方を、その仮説で自己診断する使い方は、論文の手続きから外れる。生化学として液を調べるなら、管で取る方法を第一選択にする、と彼らは提案している[7]。北口でまぶたを指で拭った量は、この5倍から10倍の話の、さらに外側にある。
疑問の続きは、体で確かめるのがいちばん早い。
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