ダイエット中の夜ご飯はおかわり式にする?最初の一皿と追加する量を分けて読む

ダイエット中の夜ご飯をたくさん食べたい時、おかわり式なら自然に量が整うのだろうか。盛られた量と実際に食べた量、自分で選ぶことと追加することを分け、子どもの試験と成人を含む研究の違いから、運動帰りの夕食で見直せる盛り方と日々の記録の仕方を考える。

炊飯器のふたを開け、しゃもじを持ったところで迷う。作り置きを大皿ごと食卓に出すか、先に取り分けるか。空腹だと、盛り付けまで含めて早く済ませたくなる。茶わんの山が、帰宅した自分へのねぎらいに見える夜もある。

ダイエット中の夜ご飯をおかわり式にすることは、最初に盛る量を見直すきっかけにはなる。ただし、「自分で盛る」「足りなければ追加する」という形式だけで食べる量が減るとは決められない。幼児の食事試験では、自分で盛る条件と盛られた条件の摂取量に、全体として差がなかった。18〜39歳の女性の夕食でも同じ結果になるかは、この幼児の試験だけでは判断できない。[2]

ここで扱うのは、夜に許されるカロリーの上限ではない。最初の皿、追加の皿、食べ残しをどう区別するかである。既存記事「ダイエットの食事は自分で取り分けると量が変わる?家族に盛られた場合を読む」には盛る人の違いを譲り、今回は同じ夕食の中で追加できる食卓を考える。

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おかわり式は、最初の量と食べた総量を分けて考える

ポーションサイズとは、ここでは食べ物を盛った量を指す。盛った量から残した量を引いたものが、実際に食べた量になる。自分で取り分ける食卓なら、最初に盛った分に追加分を足し、残した分を区別する必要がある。これは献立を減らす指示ではなく、何を比べているのかを明確にする整理である。

「おかわりをした」という出来事だけでは、夕食の量は分からない。控えめな最初の盛り付けに少し足す場面も、大きく盛ってからさらに足す場面も、言葉の上では同じになる。したがって、追加の有無だけを成功や失敗の印にしない。皿を空にした回数を数えるより、食卓に何がどのように出ていたかを振り返る方が、この問いに合っている。

食べる量を考える時、皿にある量は無視できない。ポーションサイズの心理的影響を扱うレビューは、提示された量が摂取エネルギーに因果的に影響することを整理し、その説明として「普通の量」との比較を挙げている。ただし、これは食卓の量が判断に関わるという説明であって、個人に必要な夕食量を皿の見た目だけで決める手順ではない。[19]

運動帰りの例に戻そう。帰宅前から大盛りと決めていた日と、盛る時に空腹を確かめた日では、決め方が異なる。だからといって、後者なら必ず少なくなるとはしない。盛り付けは空腹への回答でもあり、いつもの量を再現する動作でもある。「追加可能にしておく」という工夫を試すなら、何を変えたかを盛り付けの段階から言葉にしておきたい。

食事量の記録も、この区別に沿って作れる。「ご飯を食べた」だけで終えず、最初に食卓へ出したもの、途中で足したもの、残ったものを別々に書く。書く目的は、追加を取り締まることではない。最初の皿だけを見て夕食全体を判断してしまうのを避けるためである。

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自分で盛る試験で、摂取量は一律には減らなかった

自分で量を選べば体の必要に合う、という説明は魅力的だ。しかし、食事を自由に取らせる試験の結果は単純ではない。Savageらは、同じ子どもが異なる条件を経験する実験で、パスタの主菜が皿に盛られている場合と、自分で盛れる場合を比較した。対象は3〜5歳の63人で、主菜400gが盛られるか、取り分け用として用意された。18〜39歳の女性に同じ摂取量の変化を見込めるかは、対象も食事場面も異なるため別に確かめる必要がある。[2]

その400gは、子どもに勧める食事量ではなく、実験で提示した量である。全対象を合わせた結果では、主菜の摂取量も食事全体の摂取量も、盛られた条件と自分で盛る条件で差がなかった。体重区分で見ても、条件間の摂取量には差がなかった。自分で盛るという変更だけで摂取エネルギーが下がる、という予想は支持されなかった。[2]

一方、同じ試験で、自分で多く盛った子どもほど主菜も食事全体も多く食べていた。提示量が増えた時に摂取量が増えやすい子どもは、自分でも多く盛り、多く食べる傾向があった。つまり、選択権を渡すことと、選ぶ量が変わることは別の出来事だったのである。[2]

この結果を成人女性の夜ご飯へそのまま当てはめてはいけない。幼児のパスタの食事条件と、仕事や運動の後の夕食は同じではない。それでも、「自分で盛れば誰でも自然に適量になる」という万能な説明に立ち止まる根拠にはなる。研究の対象を越えて、成人なら何割減ると換算することはしない。[2]

大事なのは、平均で差がないという結果と、個人差があるという結果を一緒に読むことだ。平均差がないから盛り方は無関係、と片付けるのも違う。自分で盛った量と摂取量には関連があり、同じ方法への反応がそろわなかった。おかわり式を取り入れる時も、形式を採用しただけで結果まで保証されたとは考えない。[2]

「普通の一皿」は、全員共通の物差しではない

「いつも通りに盛った」と言う時、その「いつも」は何を基準にしているのだろう。Liuらの系統的レビューは、飽和脂肪や添加糖、添加塩の多い食品などを対象に、人が普通だと思う量や適切だと思う量、好む量を調べた研究を整理した。対象は夕食全体の必要量ではなく、食品ごとに抱く量の基準である。[16]

採用された40研究では、普通とみなされる量の平均値や中央値が、同じ食品の種類でも研究間で2〜4倍異なっていた。食品の出し方、質問の仕方、選べる量の範囲や選択肢の数など、研究条件にもかなり違いがあった。したがって、この倍率を「人は夕食をその分だけ食べ過ぎる」と読み替えることはできない。[16]

研究の質にも幅があった。25研究はバイアスのリスクが低いか中程度だった一方、15研究は高かった。また、量を数量で扱った33研究のうち15研究では、評価方法の妥当性が検証されていなかった。まとまった研究だから結論が強い、というより、普通という言葉の測り方自体を点検したレビューである。[16]

この整理は、食卓で使う言葉を見直すのに役立つ。「少しだけ」「普通盛り」「しっかり食べた」は会話として便利だが、比較する量の単位としては曖昧である。帰宅した家族が「普通に盛っておいた」と言っても、自分が思う普通と一致するとは限らない。気持ちの行き違いを、食欲の良し悪しの話へ広げる必要はない。[16]

普通だと思う量が経験によって動くという説明は、Robinsonらのレビューでも扱われている。大きな量に接することで、何が普通かという認識が調整され、好む量が大きい方へ動くという理論である。これは量の判断を理解するための枠組みであり、今日の皿を小さくしたら明日から必ず好みが変わるという約束ではない。[19]

おかわり式なら、最初の皿を「これで終わりの制限」とする代わりに、「食べ始めの量」として扱える。ただし、足せる安心感だけで摂取量がどう変わるかは別に確かめたい。自分に合う量を探す作業と、世間の普通に合わせる作業を混ぜないために、何を普通と呼んでいるのかを確かめるところから始める。

比べる対象を明確にすると、日常の疑問も整理しやすい。いつもより大きな皿に替えたのか、同じ皿へ多く盛ったのか、最初の量は同じで追加する料理だけ変えたのか。それぞれ、食卓の変更点が違う。量の認識を調べたレビューでも、食品の提示方法や質問の条件が異なっていた。生活で工夫を試す場合も、変更点をひとまとめにしないことが、結果を読み違えない助けになる。[16]

とくに「おかわり式にしたら安心して食べられた」という感想と、「摂取量が減った」という結果は区別したい。前者は自分の食事の経験として残せる言葉だが、それだけで後者を確認したことにはならない。幼児の試験で測った主菜と食事全体の摂取量も、気分の評価とは異なる物差しだった。食べやすさを大切にしながら、確認できた事実の名前を取り違えないでおく。[2]

同じ献立を家族と囲む日なら、「足りなければ足してよい」と伝えることと、誰もが同じ量を盛ることも別だ。自分の皿を基準に相手の量を評価する必要はない。食品の普通の量に幅があったという研究を、他人の皿を採点する根拠にはしない。あくまで、自分が量を決める時にどの基準を使っているのかを問い直す材料として扱いたい。[16]

数字で読む盛り付けの研究

3〜5歳、63人:自分で盛る条件と盛られた条件を比べた幼児の試験である。[2]

400g:同試験で提示したパスタ主菜の量であり、推奨量ではない。[2]

40研究:食品の普通の量などを整理した系統的レビューの採用数である。[16]

2〜4倍:同レビューで、普通とみなす量の平均値や中央値に見られた研究間の幅である。[16]

86.0kcal:学齢期の子どものメタ分析で、大きい提示量と基準量の条件を比べた食事当たりの平均差である。[9]

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宮川涼 Founder

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