2005年、Natureに短い論文が載りました。アテネ2004オリンピックの格闘技4種目——ボクシング、テコンドー、グレコローマンレスリング、フリースタイルレスリング——の結果を分析すると、赤い装備を身につけた選手のほうが勝つ確率が高かったというものです。
著者らは、赤が多くの動物種で優位性のシグナルであることに触れ、「性選択がヒトの色に対する反応の進化に影響を与えた可能性があるだけでなく、スポーツにおける公平な条件を確保するためにスポーツウェアの色を考慮に入れる必要がある」と結びました(Hill, 2005, Nature)。この論文は400件を超えて引用されています。
そして2024年、7回の夏季オリンピック(1996〜2020年)と9回の世界ボクシング選手権(2005〜2021年)の6,589試合をメタ解析した研究が、次の結果を報告しました——赤の勝率は50.5%。統計的に有意な偏りではない。
20年かけて効果が消えた。その過程には、反論、実験、そしてルール変更が挟まっています。

最初の報告と、同じ号の反論
Hill と Barton の論文が掲載されたのと同じNatureに、反論が並びました。
Rowe らは、赤が使われていない競技のデータで同じ検証を行いました。柔道では一方が青、他方が白の柔道着を着ます。柔道着の色が無作為に割り当てられていることを確認したうえで、Hill と Barton と同じ方法論を適用した結果——青を着た選手に、白を着た選手に対する有意な勝率の偏りが認められました(χ² = 7.34、df = 1、P < 0.01)。1回戦のみに限っても同様でした(χ² = 4.85、df = 1、P < 0.05)。
著者らの論点は鋭いものです——「Hill と Barton が主張するように赤に何か特別なものがあるなら、他の色の組み合わせを用いる競技では偏りが生じないはずである」。そして「青を着た競技者に勝率の偏りが生じることを説明しうる、動物行動学や進化心理学に基づくもっともらしい進化的説明を、我々は思いつくことができない」。
代わりに提案されたのは視認性の仮説でした——装備の色は相手の見えやすさに影響し、それは回避と迎撃、行動の予測に決定的である(Rowe, 2005, Nature)。Hill と Barton は同じ号で反論を発表しています(Barton, 2005, Nature)。
審判が、赤に点を入れる
2008年、第三の説明が提示されました。
著者らの主張は明快です——この現象は選手ではなく審判の知覚バイアスによるものである。審判は競技結果に大きな影響を及ぼす。選手はきわめて速い動作を行い、審判はきわめて不利な視点から競技を見なければならないため、客観的な判断はきわめて困難である。結果として、その判断は他の社会的判断に見られるようなバイアスを示しうる。
そして実験が行われました——審判は、競技者のパフォーマンスが同一であっても、赤い装備のテコンドー競技者に、青い装備の競技者より多くの点を与えた(Hagemann, 2008, Psychological Science)。
着る側の心理でも、相手の萎縮でもなく、採点する人の目。この説明は、次に起きたことをきれいに予測します。

電子採点の導入とともに、効果が消えていく
テコンドーでは、審判の主観を減らすために電子採点システムが順次導入されました。その前後で何が起きたか。
| 研究 | 対象 | 結果 |
|---|---|---|
| Carazo-Vargas (2014) | 2013年世界選手権 718試合(電子胴プロテクター) | 青 369試合(51.4%)、赤 349試合(48.6%)。有意差なし |
| Apollaro (2021) | ワールドグランプリ6大会 1,327試合(電子胴+電子ヘッド) | 全体で関連なし(p = 0.97、C = 0.001) |
| Apollaro (2022) | イタリア・ウズベキスタン国内選手権 1,155試合 | 両国とも関連なし(p = 0.71、V = 0.01/p = 0.61、V = 0.02) |
| Apollaro (2023) | オリンピック6大会 895試合 | 手動採点下でのみ、男子で赤と勝利に関連(p = 0.034) |
2021年の研究の結論が、この一連の流れを要約しています——「赤を着ることは、試合に勝つ確率を高めない。赤を着るより赤を見ることのほうが強い効果を持つようであり、とくに男子競技者においてそうである。電子胴プロテクターに加えて電子ヘッドプロテクターが導入されたことで採点システムがより客観的になり、赤を着ることの優位性が減少したと考えられる」(Apollaro, 2021, Frontiers in Psychology)。
オリンピック6大会を分析した2023年の研究も、同じ方向です。男子では手動採点下で赤と勝利に関連が認められた一方、女子ではむしろ青と勝利の関連が複数の条件で見つかりました(準々決勝 p = 0.014、ベスト16 p = 0.021)。著者らの総括——「電子システムはオリンピック競技の公平性に正の影響を与えた。赤は2選手間の非対称性が小さくなるにつれて重要性を増す傾向があるが、競技上の優位性を与えるほどではない」。そして「いまや終了した手動システムの時代に開催されたオリンピック競技の結果は、審判と副審に帰属される心理的要因の結果としての色効果の存在を確認した」(Apollaro, 2023, Scientific Reports)。
6,589試合のメタ解析
そして決定的な統合が行われました。7回の夏季オリンピック(1996〜2020年)と9回の世界ボクシング選手権(2005〜2021年)から、ボクシング・テコンドー・レスリングの試合結果6,589件をメタ解析の手法で検討したものです。
| 条件 | 赤の勝率 | 統計的判定 |
|---|---|---|
| 全データ | 50.5% | 有意でない |
| 接戦に限定 | 51.5% | 有意でない |
| 2005年より前の接戦 | 56.8% | 赤の優位を支持 |
出典: Peperkoorn ら (2024) より作成。
著者らの解釈——「この効果についての知識、および各競技におけるルール変更が、小さな効果が顕在化する機会を減らし、競技結果における赤の優位性の消失につながった可能性がある」(Peperkoorn, 2024, Scientific Reports)。
「効果が発見されると、効果が消える」
2005年に赤の優位が報告された。それが広く知られ、ルールが変わり、電子採点が入った。そして効果が消えた。
これは科学的発見が現実を変えた事例であると同時に、再現性を評価するときの厄介な問題でもあります。2024年の解析が「効果はなかった」と結論するのは早計で、正確には「2005年より前にはあり、その後なくなった」。元の報告が誤りだったのか、それとも報告が世界を変えたのか——データだけでは区別できません。

他の競技でも、見つからない
格闘技以外、あるいは異なる時期の検証も、おおむね陰性です。
2015年シニア世界レスリング選手権の全952試合(女子フリースタイル、グレコローマン、フリースタイル)を分析した研究では、赤を着た勝者が458人、青が494人。χ² = 2.7227、p = 0.0989で、有意ではありませんでした(Curby, 2016, International Journal of Wrestling Science)。
ルールの制約が最も少ない競技でも検証されています。UFCの第118〜148回(210試合)でトランクスの基調色をコード化した結果——二項検定で赤の優位は支持されず(61試合中27勝、p = 0.443、ベイズ因子 4.245 が勝率0.5を支持)。一般化線形モデルでも色は試合結果を説明せず(Wald χ² = 4.153、p = 0.386)、判定決着と明確決着(TKO・KO・サブミッション)に分けても結果は変わりませんでした(Pollet, 2013, Frontiers in Psychology)。
この分野全体を批判的に検討した総説(33研究)の結論は、率直です——「現在の知見に基づけば、ユニフォームの色が競技の結果に影響を与えるという証拠は弱く、もし効果が存在するとしてもそれを実証するにはさらなる調査が必要である」(Goldschmied, 2020, International Review of Sport and Exercise Psychology)。
同じ著者らは、8シーズン(2012〜19年)のNCAA女子バスケットボール全国トーナメントを対象に、この分野で初めて女子チームに特化した検証を行いました。結果は効果の検出に失敗し、複数の色を検討し順位を考慮しても帰無のままでした(Goldschmied, 2020, European Journal of Sport Science)。
それでも「見る側」には、確かに効いている
ここで話が二つに分かれます。競技結果への効果は消えた一方、知覚への効果は繰り返し確認されているのです。
ボクシング、テコンドー、レスリングで2選手が対戦する18枚の写真について、各ユニフォームの色相を青・緑・赤に変更し、6つの色条件を生成した実験があります(計108枚)。210人の参加者が、どちらの選手がより攻撃的に見えるか、より公正に見えるか、より勝ちそうかを選びました。
| 競技 | 結果 |
|---|---|
| ボクシング・レスリング | 赤の選手は青・緑より攻撃的で勝ちそうと判断された。緑の選手は赤より公正と判断された |
| テコンドー | ユニフォームの色に有意な影響なし |
出典: Krenn (2015) より作成。
著者の結論——「格闘技におけるユニフォームの色は特定の意味を帯びており、それが他者の判断に影響する」(Krenn, 2015, Journal of Sport & Exercise Psychology)。
文化差を検証した研究もあります。ポーランド(147人)と中国(143人)の参加者が、セミプロのボクシング試合の2分間映像を見ました。同じ試合の色を変えた6種類(赤対青、青対赤、青対黒、黒対青、赤対黒、黒対赤)が提示されます。
結果——「黒が勝つ」効果と「赤が勝つ」効果が実験的に確認され、それは赤と黒のトランクスを穿いたボクサーが青のボクサーに対して当てた打撃数の誤った知覚として現れました。そして両効果は、赤が西洋文化とは異なる意味を持つ中国文化においても同程度に強かった。さらに——色が影響したのは、弱いほうのボクサーの評価に対してだけでした(Sorokowski, 2014, Polish Psychological Bulletin)。
採点競技ではより直接的です。武術(套路)を専攻する男性72人・女性72人が審判の視点で選手の動作の質を評価した実験では、赤いユニフォームの選手が青より高い評価を受けました(男子選手 p = .002、η² = .066/女子選手 p = .014、η² = .043)。効果はとくに男性の評価者が女性選手を評価するときに強く現れています(p = .002、η² = .069)(Li, 2024, PLOS ONE)。
サッカーのタックル判定でも同様です。4色すべてを分析すると影響は認められなかった一方、青と赤に限定すると、審判と規則の理解度が高い参加者は、背後からのタックルを赤の選手についてより厳しく判定しました(Krenn, 2014, Psychology of Sport and Exercise)。
着る側の生理には効く。ただし勝敗は変わらない
最後に、選手自身への効果です。
体重・身長・年齢をマッチさせた男性選手14組が、同じ相手と2回戦い、1回は赤、1回は青のジャージを着用した実験があります。心拍数と筋力が測定されました。
| 指標 | 赤 | 青 | 統計 |
|---|---|---|---|
| 心拍数 | 162.00 ± 12.96 | 155.71 ± 15.04 | t(27) = 2.55、p < .01、d = 0.48 |
| 試合前の筋力テスト | 194.38 ± 49.15 | 175.84 ± 45.66 | t(27) = 1.92、p < .05、d = 0.36 |
| 試合の勝敗 | 色による影響なし | ||
出典: Dreiskaemper ら (2012/2013) より作成。
著者らは「参加者の身体機能は赤い装備を着用することによって影響を受ける」と結論しています(Dreiskaemper, 2013, Journal of Sport & Exercise Psychology)。そして残された問いも明示されています——「その影響は自分が着ている色によるものなのか、それとも相手に見ている色によるものなのか(青の持つ弛緩効果の可能性)」。
読むときの手がかり
| 論点 | いま言えること | まだ言えないこと |
|---|---|---|
| 競技結果 | 6,589試合で赤の勝率50.5%、有意でない | 2005年以前の接戦では56.8%だった理由 |
| 柔道(赤なし) | 青が白に対して有意に勝ち越していた | 進化的説明ができない |
| 審判のバイアス | 同一のパフォーマンスでも赤に多く点が入る | — |
| 電子採点 | 導入後に色効果が消えた | 因果の確定 |
| 知覚 | 赤は攻撃的・勝ちそうと判断される。打撃数の知覚まで歪む | — |
| 文化差 | 中国文化でも同程度に強い | — |
| 着用者の生理 | 赤で心拍数と試合前筋力が高い | 勝敗は変わらなかった |
| 他競技 | — | UFC、世界レスリング選手権、NCAA女子バスケで効果なし |
実務的な読み方を三つ。
「赤を着れば勝てる」は、もう成り立たない。この20年で最も大きく変わった結論です。6,589試合の統合で赤の勝率は50.5%——コイン投げと区別がつきません。装備の色を選べる場面で、色そのものを勝率向上の手段と考える根拠は、現在の証拠にはありません。
消えた理由は「効果がなかった」ではなく「制度が変わった」かもしれない。2005年以前の接戦では赤が56.8%勝っていました。その後、効果が広く知られ、ルールが変わり、テコンドーでは電子胴と電子ヘッドが導入された。効果が消えたタイミングは、これらと重なります。採点が機械化された競技で色効果が消え、主観判定が残る局面で効果が残る——この対応は、審判バイアス説を支持する形をしています。
主観判定が残る場面では、まだ働きうる。実験室では、赤は今も「攻撃的で勝ちそう」と見え、打撃数の知覚まで歪めます。武術の套路のような採点競技、サッカーのタックル判定のような主観的判断、そして接戦の判定——機械が点を数えない場面では、この効果が消えたと考える理由はありません。競技団体にとっての実務的な含意は、色を規制することではなく、採点を客観化することのほうにあります。
出典
- Hill RA, et al. Red enhances human performance in contests. Nature. 2005. DOI: 10.1038/435293a
- Rowe C, et al. Sporting contests: Seeing red? Putting sportswear in context. Nature. 2005. DOI: 10.1038/nature04306
- Barton RA, et al. Sporting contests: Seeing red? Putting sportswear in context (reply). Nature. 2005. DOI: 10.1038/nature04307
- Hagemann N, et al. When the Referee Sees Red… Psychological Science. 2008. DOI: 10.1111/j.1467-9280.2008.02155.x
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- Apollaro G, et al. When Taekwondo Referees See Red, but It Is an Electronic System That Gives the Points. Frontiers in Psychology. 2021. DOI: 10.3389/fpsyg.2021.787000
- Apollaro G, et al. The Relationship between the Color of Electronic Protectors and the Outcome in Taekwondo Matches: Is There Fairness in National Competitions? International Journal of Environmental Research and Public Health. 2022. DOI: 10.3390/ijerph19127243
- Apollaro G, et al. The effect of the colour red in 20 years of Olympic taekwondo. Scientific Reports. 2023. DOI: 10.1038/s41598-023-49103-3
- Carazo-Vargas P, et al. Referee’s Bias Explain Red Color Advantage in Taekwondo. Journal of Physical Education and Sport. 2014. DOI: 10.7752/jpes.2014.04073
- Curby D. Effect of Uniform Color on Outcome of Match at Senior World Wrestling Championships 2015. International Journal of Wrestling Science. 2016. DOI: 10.1080/21615667.2016.1210266
- Pollet TV, et al. Fading red? No evidence that color of trunks influences outcomes in the ultimate fighting championship (UFC). Frontiers in Psychology. 2013. DOI: 10.3389/fpsyg.2013.00643
- Goldschmied N, et al. Critical review of uniform color effects in sports. International Review of Sport and Exercise Psychology. 2020. DOI: 10.1080/1750984x.2020.1855668
- Goldschmied N, et al. Sweating the connection of uniform colours and success in sport: No evidence for the red win effect in elite women’s NCAA basketball. European Journal of Sport Science. 2020. DOI: 10.1080/17461391.2020.1727571
- Krenn B. The effect of uniform color on judging athletes’ aggressiveness, fairness, and chance of winning. Journal of Sport & Exercise Psychology. 2015. DOI: 10.1123/jsep.2014-0274
- Krenn B. The impact of uniform color on judging tackles in association football. Psychology of Sport and Exercise. 2014. DOI: 10.1016/j.psychsport.2013.11.007
- Sorokowski P, et al. “Red wins”, “black wins” and “blue loses” effects are in the eye of beholder, but they are culturally universal: A cross-cultural analysis of the influence of outfit colours on sports performance. Polish Psychological Bulletin. 2014. DOI: 10.2478/ppb-2014-0039
- Li J, et al. Effect of the red uniform on the judgment of position or movement used in Wushu Routine, evaluated by practitioners of the modality. PLOS ONE. 2024. DOI: 10.1371/journal.pone.0300893
- Dreiskaemper D, et al. Influence of red jersey color on physical parameters in combat sports. Journal of Sport & Exercise Psychology. 2013. DOI: 10.1123/jsep.35.1.44
本記事は研究論文の要約であり、競技上の助言ではありません。競技における装備の規定は各競技団体の定めに従ってください。





