持久系の競技には、水をめぐる二つの危険があります。飲まなすぎによる脱水と、飲みすぎによる運動関連低ナトリウム血症(EAH: exercise-associated hyponatremia)です。後者は1985年に「水中毒」として初めて記述され、その後も低ナトリウム血症性脳症による神経障害と死亡例が発生し続けています。

この二つのリスクが両側にある以上、「どれだけ飲むべきか」は単純な問題ではありません。そして実際、この問いをめぐってスポーツ科学の専門家が学術誌上で正面から対立しています。一方は「渇きに従って飲めば十分」と言い、他方は「渇きに従うだけでは不十分」と題した反論を書いています。

さらに厄介なのは、現場のデータが両方の立場を単純には支持しないことです。161kmのウルトラマラソンでEAHを発症した選手のうち、35.6%はゴール時点で脱水状態でした。飲みすぎていなかったのに、血中ナトリウムが下がっていたのです。

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EAHとは何か

定義は明快です——運動中または運動後24時間以内の血清ナトリウム濃度が135 mmol·L⁻¹未満(Seal, 2021, Autonomic Neuroscience)。

病態生理については、2017年の総説が到達点を整理しています。1980年代に持久系アスリートで最初に記述されて以降の研究により、渇きを超えた過剰飲水と、非浸透圧性のアルギニン・バソプレシン(AVP)分泌が最も一般的な原因因子であることが決定的に同定されました。近年ではより幅広い競技種目で記述され、横紋筋融解症との関連も指摘されています。一部のアスリートにおける循環血漿量とナトリウムの枯渇の潜在的役割も記述されました(Hew-Butler, 2017, Frontiers in Medicine)。

より新しい総説は、対象の広がりを強調します——当初EAHはウルトラマラソンやアイアンマンといった極端な持久系活動に限られると考えられていたが、近年ではチームスポーツや短時間の競技を含む多様なスポーツで認識されている。病態は多因子性で、過剰な水分摂取と運動によって誘発される非浸透圧性AVP分泌を含み、汗によるナトリウム喪失の寄与は比較的小さいとされます(Altieri, 2025, Journal of Endocrinological Investigation)。

症状が他の疾患と紛らわしい
EAHの症状は頭蓋内圧亢進によるもので、悪心、嘔吐、頭痛、混乱から、重度の認知機能変化、除皮質硬直、呼吸窮迫、昏睡、死亡まで幅があります。
問題は、これらが低血糖、起立性低血圧、血管迷走神経性失神、熱中症と似ていることです。倒れた選手に「水分が足りない」と判断してさらに水を飲ませれば、EAHの場合は状態を悪化させます。生命を脅かす状況では3%高張食塩水の静脈内投与が推奨され、より軽症では経口の高張食塩水が代替となります(Altieri, 2025)。

危険因子は次のように整理されています——不適切なAVP分泌、長い運動時間、小さい体重、そして程度は小さいが非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の摂取。予防としては、運動中の体重増加を防ぐための水分の出入りの正確な追跡、ナトリウム補給、暑熱順化が挙げられます(Seal, 2021)。マラソンランナーに絞った総説は、危険因子をイベント関連(高気温)と個人関連(女性であること)に分けて整理しています(Klingert, 2022, Journal of Clinical Medicine)。

「飲みすぎ」だけでは説明できない

ここが最も重要な部分です。北カリフォルニアの161kmウルトラマラソンで5年分のEAH研究を統合・再解析した研究があります。887人のフィニッシャーからレース前後の体重とゴールタイムを、うち669人から血清ナトリウム濃度を得ました。

所見数値
EAH発症率(全体)15.1%(年により4.6〜51.0%)
EAHを発症した選手の水分状態の内訳
過水和(体重変化 ≥ 0)23.8%
正常水和(体重変化 0〜−3%)40.6%
脱水(体重変化 < −3%)35.6%
全フィニッシャーの水分状態
脱水18.5%
過水和34.9%

出典: Hoffman ら (2013) より作成。

EAH発症率は気温と有意な正の関係を示しました。ゴール後の血清ナトリウム濃度と体重変化のあいだには弱い有意な関係しかなく(r = 0.17、P < 0.0001)、体重減少が大きいほどナトリウム濃度が低い傾向でした。体重変化とパフォーマンスの関係も弱く(r = 0.092、P = 0.006)、速いランナーほど体重を多く減らす傾向が見られました(Hoffman, 2013, Medicine and Science in Sports and Exercise)。

この表が示すのは二つのことです。第一に、EAHの3分の1以上は「飲みすぎ」ていない選手に起きています。第二に、逆にゴール時に過水和だった選手は全体の34.9%にのぼり、脱水の18.5%を大きく上回っています。「みんな飲み足りない」という前提は、少なくともこの集団では成り立ちません。

発症率そのものにも大きな幅があります。先の161kmウルトラマラソンでは、全体で15.1%だったEAH発症率が年によって4.6%から51.0%まで変動し、気温と有意な正の関係を示しました。マラソンランナーを対象とした総説も、報告されている発症率に大きなばらつきがあることを指摘しています(Klingert, 2022)。同じ距離、同じ種目でも、その日の気温と参加者の構成で数字が一桁変わる——これは「マラソンにおけるEAHの発症率は◯%」という一つの数字を持ち歩くことに意味がないことを示しています。

もう一つ、Hoffman らのデータには読み飛ばしやすい所見があります。速いランナーほど体重を多く減らしていた(r = 0.092、P = 0.006)という点です。相関は弱いものの方向は明確で、少なくともこの集団では「脱水を避けた選手が速かった」わけではありません。体重減少を悪と見なす前提自体が、ウルトラの距離帯では自明でないことになります。

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専門家が、正面から対立している

この不確かさが、推奨の対立を生みました。

2018年の総説は、計画的飲水を支持する立場を明確に述べています——ヒトでは、完全な再水和が達成される前に渇きが解消される傾向がある。発汗率が高く自由飲水が発汗損失を補えない場合、体水分の累積的な損失が生じる。体重の2%以上の脱水は、体温調節機能の障害、心血管系ストレスの上昇、そして多くの条件(暑い、長い、強度が高い)で有酸素運動パフォーマンスの障害と関連する。

計画的飲水が最適な状況渇きに従う飲水で十分な状況
90分を超える長時間の活動、とくに暑熱下1時間〜90分未満の短時間運動
発汗率の高い高強度運動涼しい条件での運動
パフォーマンスが問題になる場面低強度の運動
糖質を1 g/分摂取したい場合—

出典: Kenefick (2018) より作成。

著者の推奨は「体重が増えるほど飲んではならない」という一文で締められています(Kenefick, 2018, Sports Medicine)。

これに対し、同じ年に掲載されたコメント論文は、飲みすぎのリスクにもっと真剣な注意を払うべきだと反論しました。著者らは、脱水(体重の2%超の減少)と生理的ストレスまたはパフォーマンスの関係について議論すべき点があり、何よりも健康上の懸念が見過ごされるべきではない、と述べています(Valenzuela, 2018, Sports Medicine)。

さらに遡ると、2012年の総説はほぼ正反対の推奨を出していました。

  • 運動前の体重減少が3%以上あると、その後の持久パフォーマンスが低下しうる。運動2時間前に体重1kgあたり5〜10 mLの水を飲む。
  • 1時間以下の運動では、脱水は持久パフォーマンスを低下させない(スポーツドリンクでのマウスリンスが推奨される)。
  • 1時間を超える運動で水分が容易に入手できる場合、渇きの指示に従って飲むことが持久パフォーマンスを最大化する。
  • 渇きの感覚が信頼できない選手、または心理的ストレスや繰り返しの食物摂取が渇きを鈍らせる場合は、運動誘発性の体重減少を2〜3%程度に保つよう飲水を計画する。

(Goulet, 2012, Nutrition Reviews)。1時間超で「渇きに従うのが最善」とする立場と、90分超で「計画的飲水が最適」とする立場が、正面から食い違っています。

対立は論題としても明示されました。「長時間の持久運動中、渇きに従って飲むことは水分状態を適切に維持するのに十分か」という問いに対し、「否」と題した反論論文があります。著者らの論点は繊細です——渇きに従うこと(drinking to thirst)は自由飲水(ad libitum)と同義ではない。過剰飲水や「耐えられるだけ飲む」ことを支持しているわけでもない。しかし、あらゆる参加者に適した絶対的・普遍的なガイドラインとして渇きだけに頼ることを排除する、個人的・競技的なシナリオが十分に存在する、と(Armstrong, 2016, Wilderness & Environmental Medicine)。

実地のデータは、どちらを支持するか

タスマニアの85km山岳レースで、44人(出走者の86%)を前向きに登録し41人を解析した観察研究があります。

所見結果
EAHの発生1例(2%)、無症候性、ゴール後 [Na] 132 mmol/L
血清[Na]変化と体重変化強く有意な相関
血清[Na]と摂取水分量有意な逆相関
水と電解質飲料の比率[Na]変化と相関せず
渇きに従った群 対 計画的飲水の群前者は飲水量が有意に少なく、ゴール後[Na]が高い(142 対 139 mmol/L)

出典: Scotney ら (2015) より作成。

そして注目すべき付記——経験豊富なランナーほど、渇きに従って飲む傾向がありました(Scotney, 2015, Clinical Journal of Sport Medicine)。

この結果には、解釈を要する点があります。渇きに従った群のほうがゴール後のナトリウム濃度が高かったこと自体は、渇きに従う戦略の安全性を支持します。しかし同時に、経験豊富なランナーほど渇きに従っていたという事実は、群分けが無作為ではないことを意味します。経験は飲水戦略以外の多くのこと——ペース配分、補給食の選択、暑熱への慣れ——も同時に変えます。観察研究である以上、この差を飲水戦略だけに帰することはできません。

この研究では、水か電解質飲料かという選択が血清ナトリウムの変化と相関しなかった点も重要です。「スポーツドリンクなら安全」という発想は、少なくともこの条件では支持されていません。総量が問題なのです。

ウルトラ持久走の水分補給戦略を検討した2025年の総説も、同じ両義性に到達しています——実験室での試験は、長時間運動時の血漿量維持、心血管系ストレスの軽減、パフォーマンス改善において計画的飲水を支持する。しかし実際のウルトラ持久イベントは環境的・兵站的な困難を伴い、硬直した水分補給戦略の適用可能性を制限する。フィールド研究は、渇きに従う飲水が多くの経験豊富なアスリートにとって安全かつ有効であり、中程度の体重減少があってもEAHの発生増加や測定可能なパフォーマンス障害を伴わないことを示している。ただし渇きに従う飲水は、発汗率の高い個人や渇きの知覚が障害された個人では不十分となりうる。「どちらの戦略も普遍的に優れているとは思われない」(Wierick, 2025, Nutrients)。

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ランナーは、実際に何を知っているか

推奨がどれだけ洗練されても、現場に届いていなければ意味がありません。

南カリフォルニアの夏のマラソン(2018年)で、レース1〜2日前に210人へ調査を行った研究があります。

所見割合
EAHを「認識している」と主張84%
EAHの症状を1つでも挙げられた32%
予防策として「渇きに従って飲む」を挙げた5%未満
遅いほうの3分の1:毎マイル/毎給水所で飲む予定60%
速いほうの3分の1:1マイルおき以下の頻度60%

出典: Namineni ら (2021) より作成。

経験豊富なマラソンランナーと速いほうの3分の1は、初マラソンのランナーと遅いほうの3分の1に比べ、低ナトリウム血症の理解が有意に優れていました。そして遅いランナーほど多く飲む計画を立てていました(Namineni, 2021, Clinical Journal of Sport Medicine)。

これは危険な組み合わせです。EAHの危険因子には長い運動時間が含まれ、遅いランナーはより長くコース上にいます。そこに「より多く飲む計画」と「症状を知らない」が重なります。

一方で、変化の兆しもあります。2014年ロンドンマラソンの参加者298人(男性148人・女性150人、完走者の0.83%)への調査では、48.7%が「渇きに従って飲むこと」を水分補給に影響する最も重要な因子として挙げました(Leggett, 2018, Journal of Athletic Training)。この研究は2010年の同様の調査との比較を行っており、メッセージの浸透を追跡する設計になっています。

読むときの手がかり

論点いま言えることまだ言えないこと
EAHの主因過剰飲水と非浸透圧性AVP分泌汗のナトリウム喪失の寄与は小さいとされる
EAHと脱水161kmウルトラのEAH例の35.6%は脱水状態だったそのサブグループの機序
飲水戦略—計画的か渇きかで専門家が対立。普遍的に優れた戦略はない
1時間以下の運動脱水はパフォーマンスを低下させない—
スポーツドリンク—85km走で水と電解質飲料の比率は血清[Na]変化と相関せず
リスクの高い人長時間、小柄、女性、高気温、NSAIDs使用個人の発汗率の実測に基づく個別化
知識の普及84%がEAHを「知っている」症状を挙げられたのは32%

実務的な指針を三つ。

体重が増えるほど飲まない。対立する両陣営が唯一一致している一線がこれです。運動前後の体重を測る習慣があれば、増えていないかを確認するだけでEAHの主要経路を避けられます。過水和が全フィニッシャーの34.9%にのぼるというデータは、「飲みすぎ」が例外ではなく日常的に起きていることを示しています。

自分の条件で発汗率を実測する。普遍的な推奨がない以上、個別化するしかありません。予想される強度・ペース・環境に近い条件で運動前後の体重と飲水量を測れば、自分の発汗率が分かります。発汗率が高い人、渇きの感覚が鈍い人、涼しい室内でしか練習していないのに暑い日にレースをする人は、渇きだけに頼るべきでないという指摘がとくに当てはまります。

倒れた選手に、反射的に水を飲ませない。EAHの症状は熱中症・低血糖・起立性低血圧と紛らわしく、「水分不足だろう」という判断で水を与えることが、EAHの場合には状態を悪化させます。長時間のレース中またはその後24時間以内に、頭痛・悪心・嘔吐・混乱が現れ、とくに体重が減っていない(または増えている)場合は、EAHを鑑別に入れて医療者につなぐ必要があります。

出典

  1. Seal AD, et al. A review of risk factors and prevention strategies for exercise associated hyponatremia. Autonomic Neuroscience: Basic & Clinical. 2021. DOI: 10.1016/j.autneu.2021.102930
  2. Hew-Butler T, et al. Exercise-Associated Hyponatremia: 2017 Update. Frontiers in Medicine. 2017. DOI: 10.3389/fmed.2017.00021
  3. Altieri B, et al. Pathophysiology and treatment of exercise-associated hyponatremia. Journal of Endocrinological Investigation. 2025. DOI: 10.1007/s40618-025-02673-7
  4. Klingert M, et al. Exercise-Associated Hyponatremia in Marathon Runners. Journal of Clinical Medicine. 2022. DOI: 10.3390/jcm11226775
  5. Hoffman MD, et al. Exercise-associated hyponatremia and hydration status in 161-km ultramarathoners. Medicine and Science in Sports and Exercise. 2013. DOI: 10.1249/mss.0b013e31827985a8
  6. Kenefick RW. Drinking Strategies: Planned Drinking Versus Drinking to Thirst. Sports Medicine. 2018. DOI: 10.1007/s40279-017-0844-6
  7. Valenzuela PL, et al. Comment on: “Drinking Strategies: Planned Drinking versus Drinking to Thirst”. Sports Medicine. 2018. DOI: 10.1007/s40279-018-0905-5
  8. Goulet EDB. Dehydration and endurance performance in competitive athletes. Nutrition Reviews. 2012. DOI: 10.1111/j.1753-4887.2012.00530.x
  9. Armstrong LE, et al. COUNTERVIEW: Is Drinking to Thirst Adequate to Appropriately Maintain Hydration Status During Prolonged Endurance Exercise? No. Wilderness & Environmental Medicine. 2016. DOI: 10.1016/j.wem.2016.03.002
  10. Scotney B, et al. Body Weight, Serum Sodium Levels, and Renal Function in an Ultra-Distance Mountain Run. Clinical Journal of Sport Medicine. 2015. DOI: 10.1097/jsm.0000000000000131
  11. Wierick SC, et al. Hydration Strategies in Ultra-Endurance Running: A Narrative Review of Programmed Versus Thirst-Driven Approaches. Nutrients. 2025. DOI: 10.3390/nu17223526
  12. Namineni N, et al. Marathon runners’ knowledge and strategies for hydration. Clinical Journal of Sport Medicine. 2021. DOI: 10.1097/jsm.0000000000000990
  13. Leggett T, et al. Intended Hydration Strategies and Knowledge of Exercise-Associated Hyponatraemia in Marathon Runners: A Questionnaire-Based Study. Journal of Athletic Training. 2018. DOI: 10.4085/1062-6050-125-17

本記事は研究論文の要約であり、医学的助言ではありません。運動関連低ナトリウム血症は生命に関わる状態です。長時間の運動中または運動後に、頭痛、悪心、嘔吐、混乱、意識の変容が現れた場合は、水分をさらに与えず、ただちに医療機関を受診してください。心疾患・腎疾患のある方、利尿薬や抗うつ薬など水・電解質に影響する薬を服用中の方は、運動時の水分計画について主治医にご相談ください。

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