ヨガとは?-中級編

古典ヨガからハタ・ヨガへ

ヨガとは、インドで生まれた「精神集中による瞑想の方法」のことです。実際、発音は「ヨガ」ではなく、「ヨーガ」が正しいのですが、SEO的にも、一般の読者の方にもわかりやすく「ヨガ」と統一しておきます。ヨガという言葉は、サンスクリット語(梵語)の同士yuj(ユジュ:楔をかける、結びつける)から派生した名詞で、「統御(コントロール)」「結合」などを意味します。心の作用を統御(コントロール)して、その結果、宇宙の原理や悟りの智慧(ちえ)を体得しようとするものです。

ヨガの起源は正確なところはわかっていませんが、紀元前800年~前700年頃のインドでは、既に心の作用をコントロールすることによって特殊な心的状態に至ることはよく知られていました。仏教の成立と前後するいくつかのウパニシャッドの中には、既にヨガの行法が登場もしています。ヨガの行法がバラモン正統派の中で最初に体系化されたものは『ヨガ・スートラ』であり、これは古典ヨガ学派の根本経典となっています。

ここで説明するヨガは、心の作用をどこまでもコントロールし、最終的には止滅に至らせるタイプのヨガについての話です。このタイプのヨガが一番オーソドックスであり、この伝統は今日にも伝えられているものです。のち10世紀以降「ハダ・ヨガ」と呼ばれる、古典ヨガとは異なったタイプのヨガが流行し、主に今日いわゆるヨガとされているものですが、これは古典ヨガとは違い、心の作用を止滅させるといおりは、むしろ心の作用の活性化を目指しており、精神生理学的な行法です。もちろん、「ハタ・ヨガ」についても別記事で説明をする予定です。

古典ヨガは霊我(プルシャ)と原質(プラクリティ)との二原理を立てるサーンキャ哲学に基づいており、ハタ・ヨガは一元論を主張するヴェーダーンタ哲学に基づいています。ヨガ自体は、整合的な理論体系を持つことがなく、インド及びその影響を受けた諸国では、様々な学派、宗派によって宗教実践の方法として取り入れられていきました。

紀元前1、2世紀頃から盛んになった人格神ヴィシュヌ崇拝とヨガが結びつき、ヴィシュヌへの献身(バクティ)のためにヨガが取り入れることにもなり、この種のヨガは「バクティ・ヨガ」と呼ばれます。

ヨガ行者としての仏陀

仏教においてもヨガはもっとも基本的な宗教実践の方法でした。「古典ヨガからハタ・ヨガへ」といバラモン正統派におけるヨガの歴史的展開とほぼ同じような展開が仏教の中でも見られます。初期仏教や大乗仏教(2,3世紀)では心の差王の止滅を中心としたヨガが行われますが、7、8世紀以降、密教が盛んになると精神生理学的なヨガの修練が重視されるようになります。

これは後生、ハタ・ヨガとして成立するヨガとほぼ同種のもので、密教において重要な曼荼羅は、大宇宙と小宇宙との合一を体得するヨガの道具でした。この大宇宙と小宇宙との合一とは、ヴェンダーンタ哲学及びそれに基づく、ハタ・ヨガの求めたものでもありました。

皆さんご存じの仏教の創始者である仏陀が悟りを得たのもヨガによってだと伝えられています。彼はインドでもっとも古いヨガ行者の一人でした。仏教に取り入れられたヨガは中国や日本にももたらされました。昨今よく話題になる禅(Zen)もヨガの一種です。こうしてヨガはインド大陸でもその伝統は絶えることなく、続き、今日に至っています。